第4話

「というわけで、ようやく解放されるわ」


「……あの馬鹿王子。いっぺん死んでこい」

「全くだ。どこまでお花畑なんだか。たかだか学園でトップを取ってるだけの小娘がお嬢様と同じ事が出来るとだと。ふん、出来るものならやってみろ」


「三分の一なら、学園トップの成績を取る子なら出来るわよ」


「まさか、最初から三分の一しかやらせないおつもりですか?」


「ええ。でないと独立した時に困るじゃない」


「確かに……しかし、それではお嬢様は……!」


「侮られる方が動きやすい事もあるのよ。収入は三分の一だけど、支える民も減るのだからなんとかなるでしょ」


「今はすんなり独立を認めさせる事が最重要事項だからな。我々がお嬢様をお支えすれば良い」


「そうね! お嬢様、マークさんを呼びましょう。こういう時はストレス発散にお買い物です」


「良いわね。マークにドレスが欲しいと伝えて」


「すぐ手配します」


ウキウキとわたくしの身だしなみを整えるのは侍女のリリー。わたくしが生まれた時からずっと世話してくれている。


部屋を出て行ったのは執事のダニエル。十五歳の時からわたくしに付いてくれていて、同い年だ。同い年とは思えない冷静沈着ぶりに、何度支えられたことか。


ちなみに、いっぺん死んで来いと物騒な言葉を呟いたのはリリーで、シルビア嬢を小娘と呼んだのはダニエルだ。ダニエルは子爵家だから、目上の伯爵令嬢を小娘呼ばわりはどうかと思うけど……それくらい腹が立ったのよね。


わたくしは、フィリップにもシルビア嬢にも腹を立てていない。こうなる事は予想できていたからだ。


優秀な執事のダニエルと、気の利く侍女のリリーの協力でなんとか頑張っているが、とっくに王家に愛想を尽かしていた。


結婚したくない。そんな気持ちに支配されそうになった時、親友のエレナから手紙が来た。クッキーが食べたいと書かれていたわ。これは、二人で決めた暗号だ。わたくし宛の手紙は王家に監視されているから商人のマークを介してやりとりをする。数日後、エレナにクッキーを届けるとお礼に紅茶が届けられた。紅茶の缶の裏に、フィリップが学園で女とちゃついていると書かれた紙が入っていた。


その瞬間、わたくしはフィリップを切り捨てると決めた。王家の内情を少しずつ広め、焦った王妃がわたくしにちょっかいをかけるのも想定済み。


わたくしが動けたのは、入室してきた彼のおかげでもある。


「お呼びでしょうか。マーガレットお嬢様」


「早いわね。まるで待っていたみたい」


「私も驚きましたよ。使いを出そうとしたら、マークさんが訪ねて来たのですから」


ダニエルがマークの持って来た商品を運ぶ。マークは商人だ。


マークに依頼すれば、どんなものでも提供してくれる。もちろん対価は必要だけどね。


わたくしは彼に、シルビア・オブ・リースの調査を頼んでいた。結果を聞く前にフィリップに婚約解消を打診されるとは思わなかったわ。


マークに渡された調査結果を読み進める。シルビア嬢が、ある程度の良識を持っていてくれたら良いんだけど。


読んだ限り、悪い人と繋がってる事もないし、努力を重ねてトップになった真面目な子みたい。ただちょっと、自信家なところがあるそうよ。


王妃になるなら、自信があるのは良い事だわ。


「子羊が、身の程知らずの買い物をしました。子羊の希望とは限りませんが、牧場主はずいぶん羽振りが良かったですね。ああそうだ。既に例のものは子羊に渡しておきましたよ。それから最後にご報告です。私と入れ替わりで、豪華な馬車が牧場に入っていきました」


子羊はシルビア嬢。牧場主はリース伯爵。牧場はリース伯爵家の屋敷。相変わらず悪趣味な隠語を使うわね。


けど、マークは頼りになるわ。頭も良いし、話も弾む。彼のおかげで、助かった事は何度もある。フィリップがマークみたいな人なら、絶対に婚約解消を認めなかったわ。一番愛されなくても良いと泣きついたかもしれない。別に、マークが好きなわけじゃないけど、マークは理想のタイプなのよね。


フィリップが、お優しくて甘い性格で良かった。本気で好きにならなくてすんだもの。

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