第3話

「なら、わたくしの言葉をそのままシルビア様に伝えてちょうだい。わたくしは、フィリップと婚約解消しても構わないわ。けど、わたくしのやってきた事を引き継ぐ必要がある。それくらい、子どもじゃないんだから分かるわよね? いきなりシルビア様を城に連れて行ってうまくいくと思う? 王妃様の目を欺ける? とにかく時間がないんだから、一時的にシルビア様にわたくしの侍女になって頂いて城に出入りする方が早い。あとから、彼女の働きを証明すればいいわ。仕事はできるのでしょう? 伯爵家は定例の集まり以外は、事前に申請しないと城に入れないのだからこうするしかないでしょ。今日中に我が家のお仕着せをリース伯爵家に届ける。それを着て、明日の午前六時に我が家に来なさい。そう伝えて」


「……うん」


「フィリップと結婚したいなら、お仕着せを着て明日の朝六時に一人で我が家を訪ねなさい。そう、一言一句違わずに伝えるのよ! 来ないなら、わたくしはシルビア様とフィリップの仲を認める事は出来ないわ」


わたくしが認めないのなら、我が家は王家の敵になる。他の公爵家だってフィリップの味方になるとは限らない。わたくしを味方につけないと、フィリップはシルビア様と結婚できない。


王家の力は弱い。それくらい、危機的状況なのだ。


「分かった……。マーガレット……やっぱり怒ってるよね?」


「お父様やお兄様がどう思うか知らないけど、わたくしは怒ってないわ。フィリップが自分の気持ちを伝えてくれたのは初めてだもの。嬉しいわ。フィリップがシルビア様と幸せになれるように、色々考えてみましょうね」


「あり……ありがとう……。マーガレット……」


「相変わらず泣き虫ね。そんなんじゃシルビア様に愛想を尽かされるわよ」


「うう……大丈夫。シルビアは……僕が泣いていてもいつも慰めてくれるから……」


「そうなのね。シルビア様とはどんな話をするの?」


「シルビアはいつも、今だけは泣いてくれって言ってくれる。けど、そのあとはいつも僕の悩みを聞いてくれて……解決策を一緒に考えてくれるんだ」


……解決策を考える? それは、もしかしたらマズイのではないかしら。急いで念入りに調査しないと。そう思った私の不安は、次のフィリップの言葉でかき消された。


「シルビアは僕が自分の考えを捻り出すまで、黙って話を聞いてくれるんだ。彼女のおかげで、少しだけ自信が持てるようになったんだよ」


「……そう。わたくしには出来なかった事ね。シルビア様は素敵な方なのね」


「マーガレットには感謝してる。どれだけ感謝してもし足りない。一生、償うよ。けど、僕は人生を共に歩むのはシルビアが良いんだ。王となった時、彼女が隣にいてくるたら僕は自分の意見がちゃんと言える。マーガレットには、本当に申し訳ない事を……」


「良いのよ。わたくしはフィリップに意見を言うばかりで、フィリップの意見を聞けなかったものね」


「そんな事ない……! マーガレットはいつも僕の意思を尊重してくれた。何度も聞いてくれたし、待ってもくれた。けど、僕は自分の意思がなかった」


「王になる為には、フィリップが自分の意思を持つ事が大事よ。だから、シルビア様が必要なのでしょう? けど、今の状態で婚約者を変えようとしてもうまくいかないわ。それは、フィリップも分かってるわよね?」


「うん。分かってる」


「具体的な案はある? シルビア様はなんて言ってるの?」


「案は……まだないよ。シルビアは、側妃になって僕を支えるって言ってる」


「フィリップはそれで良いの?」


王妃になると言わないのね。賢い人だわ。

けど、側妃じゃ困る。

わたくしは、王妃になんてなりたくないのだから。


フィリップが側妃を娶らないなら、フィリップを愛する努力はできるわ。百歩譲って側妃がいてもいいけれど、わたくしが一番でないと嫌。他の女が一番と断言する男と結婚する気はない。たとえ、国王であろうともね。


フィリップはどう思ってるのかしら。

シルビア様を側妃にすれば、問題は解決するように見えるわ。


けど、それは最悪なシナリオの始まりよ。


「僕だって馬鹿じゃない。今の王家に側妃を娶る余裕なんてないよ」


「良かった。現実が見えてない訳ではないのね」


「ああ。マーガレットは分かってると思うけど、王家の宝物庫は空っぽだ」


わたくしは、目を見開いた。以前のフィリップでは決して言わなかった言葉だ。宝物庫の話は、前にもフィリップにしたわ。けど、王位を継ぐまで知らなくて良いと騒いだ国王陛下の言いなりだと思っていた。以前は間違いなくそうだったわ。これは……シルビア様に期待しても良いのかもしれないわね。


「そうね。だから国王陛下は我が家が出す持参金が欲しくて結婚式を早めようとしたのでしょう?」


「多分そう。本当にごめん。急に半年後に結婚式をやれだなんて、無茶苦茶だよね」


無茶苦茶ね。フィリップは国王陛下の言葉に素直に頷いていたから、内心ムカついてたのよね。


「こんな事言うのは不敬だけど……」


「良いよ。言って。僕が許す」


「ありがと。なら言うわ。早くフィリップを即位させたいとか言ってたけど、本音は持参金が欲しいだけよね。前払いを要求されて、予定の持参金の半分は既に払ってるのに満額持参金を要求するもんだから、お父様が怒っていたわ」


他にも、援助をしろと言って毎年お金を要求される。わたくしが王妃になるのだからと言われるとお父様も無碍に出来ず、毎年かなりの金額を支払っている。


フィリップは毎年援助してると知らないけどね。だから知っている持参金の話だけをする。


「ごめん……! 分かってる! なんとかして持参金は返すから! それに! 慰謝料も払う!」


フィリップは、必死でわたくしに訴える。優しい、いい人だわ。


だけど、現実が見えていない。


「宝物庫は空っぽよね? そんな王家に、持参金を払って更に慰謝料を払う余裕はあるの? わたくしの知らない隠し財産でもあるのかしら?」


断言するが、そんなものはない。


「……僕が国王になったらハリソン公爵の独立を認める」


フィリップの言葉に、内心ガッツポーズをとる。そんな気持ちを悟られないように、神妙な顔で頷く。


「それならお父様の説得は出来そうね」


「これくらいしか方法がなくてごめん……!」


「良いのよ。わたくしと結婚しないなら、今まで払ったお金を返す方法はこれしかないもの。フィリップが自分で考えたのよね?」


「うん。誰にも言ってない」


「次期国王らしくなったじゃない。シルビア様のおかげね」


「そうかな……ありがとう」


照れたように笑うフィリップは可愛い。

愛は生まれなかったけど、十年婚約者として接してきたフィリップには、それなりに情がある。


「まだ誰にも言わないで。シルビア様にも言っちゃ駄目よ。お父様には伝えるわ。多分怒ると思うけど、なんとか穏便に婚約を解消しましょう。フィリップも頑張ってもらうわよ。最初は仕方ないけど、しばらくしたら彼女が城に出入り出来るよう取り計らいましょう。シルビア様のおかげでフィリップは成長した。それをみんなに分かってもらうわ。わたくしなんかより、シルビア様の方が王妃に相応しい。そう周りが思う為にフィリップも積極的に仕事をして貰う。いいわね?」


「もちろんだよ! 僕、頑張るから」


……今までは、頑張ってなかったのかしら。やっぱりこの男との結婚は無しね。あーあ、お兄様がもっと良い殿方を探して下さるかしら。独立しちゃうと、ますます政略結婚に利用されそうね。


政略結婚は仕方ないけど、わたくしを愛してくれる殿方が良いわ。わたくしは我儘なの。一番じゃなきゃ嫌。だから、シルビア様を愛しているフィリップとは結婚したくない。


わたくしを側妃にするなんて言い出さなくて良かったわ。そうなればお父様が黙ってない。他の貴族も王家の敵になるわ。


どうにか、最悪のシナリオは回避できそうね。


民に血が流れることだけはあってはならない。わたくしは、貴族なのだから。

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