第2話

おっと、思わず素が出てしまいましたわ。


わたくしは、マーガレット・スパルタリ・ハリソン。ハリソン公爵の一人娘でございます。上に兄が一人おりますわ。


わたくしは八歳の頃から王太子であるフィリップ・ジョー・レニソン殿下の婚約者となりました。


フィリップは、とても優しい好青年です。……だけど彼は優し過ぎます。国王陛下と王妃様は、わたくしにフィリップ殿下の足りない部分を補うようにと命じられました。その日から、厳しい王妃教育が始まりました。家に帰れず城で寝泊まりする日々は、常に教師や王妃様に見張られ自由はありませんでした。侍女のリリーを介してしか家族と連絡は取れず、お父様とお兄様はわたくしを王子の婚約者にした事を後悔したと聞いております。


フィリップは常にわたくしを気遣ってくれましたが、優しく慰めるだけで全てが解決する訳ではありません。わたくしはいつしか、フィリップが頼りにならないのなら自分でなんとかするしかない。そう考えるようになりました。元々負けず嫌いの性格でしたから、王妃教育をさっさと終えて城から家に帰る事を第一目標に設定しました。第二目標は、可能であれば婚約の解消をしたい。そう思っておりました。望みは薄いと思っておりましたが、叶いそうです。本当に嬉しいですわ。


フィリップは優しい男性ですが、わたくしのタイプではありません。はっきり言って、王家に嫁ぐのは罰ゲームです。


王家の宝物庫はほとんど空っぽ。それを知っているのは、王族と近しい一部の高位貴族だけ。


当然、フィリップの想い人であるシルビア様は知らないでしょうけどね。


なんでわたくしは知っているのかって?


王家のお花畑共の仕事を代行してるからです。王家に近しい貴族にさりげなくバラしたのはわたくし。情報網は大切ですものね。シルビア様の事も友人が教えてくれたから知っていました。


学園の様子が目に余ると、ご子息やご令嬢はお怒りみたいです。そりゃそうですわ。婚約者は仕事で学園に通えないのに何やってんのよって思いませんこと?


シルビア様は、頭も良く優しいと評判だから純粋にフィリップを好いているのかもしれないけど……婚約者のいる男と親しくなる令嬢ですもの。本性はどうでしょうね。


っと、もう取り繕うことが出来なくなってしまったわ。まぁいいわね。心の内で罵る位許してちょうだい。浮気者の婚約者様。


シルビア様は王家にお金がないと知ったらフィリップと結婚しようと思うかしら。我が家は、民の為に王家にわたくしを差し出す覚悟を決めた。多額の持参金まで付けてね。既に持参金の前払いとして国家予算三年分のお金が王家に支払われている。


シルビア様が心からフィリップを愛しているのか、お金や地位が目当てなのか、そんな事はどっちでも良いわ。


大事なのは、フィリップが自分の意思でわたくしとの婚約解消を願ったという、事実よ。


「フィリップの意志は分かったわ。婚約解消は受け入れる。わたくしはフィリップを愛してる訳じゃないもの」


そう、わたくしは彼を愛していない。愛する努力はした。けど、日々の忙しさに追われてフィリップとコミュニケーションを取る余裕はなかった。そんなフィリップが、シルビア様に惹かれても仕方ないと思う。王妃様に叱られたけど、会う余裕すら与えなかったのは王家よ。


「……マーガレット……ごめん」


「謝らないで。あなたのその優しさは残酷よ。それで、どうやって国王陛下に打診するつもり? わたくしが代行している仕事は、どうするつもり? わたくしはお人好しじゃないわ。将来夫になるフィリップの為には働けても、臣下としてはあそこまでの事は出来ないし、してはいけない。わたくしの仕事は、今後は全てシルビア様の仕事になるわ。確かに彼女は賢いみたいね。けど、すぐにわたくしと同じ事が出来る?」


「出来る! シルビアは、学園始まって以来の天才だと言われているんだ! だからきっと……」


「そう」


わたくしの十年を、あっさり否定するのね。やっぱりこんな男とは結婚できないわ。


「マーガレット……お願いだ。シルビアに仕事を教えて欲しい」


「いいわよ。リリーの代わりにシルビア様をわたくしの侍女にするわ」


「なっ……! 伯爵令嬢を侍女なんて……」


わたくしは、声を一段下げてフィリップを睨みつける。こんな回りくどい事をしないといけないくらい、王家は自分達の事しか考えない人達の集まりなのよ! 本当に分かってるの?!


「なんて? どういう意味かしら? 侍女の仕事を馬鹿にしているの? それともリリーを馬鹿にしているの?」


「……ごめん。侍女がいないと、僕らは生活できない。いつも侍女達には感謝してるよ。決して馬鹿にした訳じゃないんだ。職業に貴賎はない。そうだったよね」


「そうよ。わたくしやフィリップは、王族や貴族にたまたま生まれついただけ。侍女は厳しい試験をクリアして雇われて、たまたま貴族や王族になった者達を支えてくれる。馬鹿にするなんて、王になる人がするべき事ではないわ」


「そうだよね。たまたま生まれついたとはいえ、贅沢を享受する分の責任は果たすべきだ」


「そうよ。どうしても嫌なら、廃嫡して貰えば良い。けどそれは最終手段よ。フィリップだって、王になりたくない訳ではないのでしょう?」


「うん。そうだね。僕だって王族に生まれたからには責任を背負う覚悟はあるよ」


そう言ってくれるから、フィリップには少しだけ期待していた。彼を愛する事は出来なかったけど、前向きな姿勢には好感が持てる。


……だから、フィリップが見初めた令嬢を見極める必要があるわ。見込みがあればそのまま王家は存続。ないなら、最悪の事態を想定しないといけない。


時間がないわ。わたくしの言葉の意味を理解出来ない子に、王妃は務まらない。わたくしだって、フィリップみたいに好きな殿方を見つけたいもの。今まではそれどころじゃなかったけど、フィリップと別れられるなら……もっと強い殿方と結婚したい。

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