第1話

「……そう。それで?」


「だから……ごめん……マーガレット……どうか……僕との婚約を解消して欲しい」


幼い頃から婚約者だったフィリップは、優しい。優しいが故に、自分の意思を告げた事は一度もなかった。彼は王太子だ。歩む道が決められていて、彼はそこを歩くだけで良かった。


けど、王はそんなわけにいかない。フィリップは、優しすぎる。


そんな彼を支える為、言いたくない事、言いにくい事も言ってきた。……そのせいで、わたくしは一部の貴族や令嬢から評判が悪い。


フィリップが自分の意思を言わないのなら……言えないのなら、わたくしが悪者になるしかない。そう覚悟して今まで生きてきた。


わたくしの十年は、無駄になってしまったわね。


だけど……フィリップが自分の意思を言ってくれるのは嬉しいわ。


「当然、国王陛下は知らないのよね?」


もし国王陛下がご存知なら、お父様の耳にも入るだろう。そうなれは、お兄様が兵を連れて城を包囲しているわ。ダニエルからそんな情報は入っていない。だからきっと、まだ誰も知らない情報の筈。


この部屋は、フィリップとわたくしだけが入れる。他の者は誰一人入室出来ない。王家の影も、この部屋の中でどんな会話が繰り広げられているかは知らない。


フィリップは、静かに頷いた。


「父上に話をしたら、もう引き返せない。二度とマーガレットと話す事が出来なくなる」


「確かにそうね。それで? フィリップが王妃にしたいのはシルビア・オブ・リース様であってるかしら?」


シルビア・オブ・リース。学園で成績トップの才女。優しく、賢く、美しい。下位貴族や一部の高位貴族には人気のご令嬢だ。わたくしは、一度も会った事はないけどね。


「……知ってたんだ」


「ええ。王家の影もご存知みたいよ。最近、王妃様がカリカリしていてね、おかげで王妃教育が辛くてたまらないの」


「そんな! 王妃教育はとっくに終わってる筈だろう?!」


「終わってるわ。けど、王妃様の言葉に逆らえると思う?」


「……それは」


おかけで、わたくしは自分の時間が取れていない。ったく、何の為にさっさと王妃教育を終えたと思ってるのよ。


そんな暇があるなら、視察でもして欲しい。そして、民に有益な政策を立てて欲しい。


なにもしない王家は、民や貴族の支持を失い虫の息だ。


政治に興味がなく愛妾に夢中の国王。贅沢にしか興味のない王妃。そんな二人の一人息子は、優しいだけで自分の意思のない男。


……そんな魔窟に嫁ぐんだから、準備は念入りにするべきでしょう。そう思って使えるコネを全て利用して動いていたのに、最近急に王妃教育をすると呼び出されるから身動きが取れなくなっていた。王妃教育と言いながらわたくしにお茶の相手をさせるだけ。自分の息子を捕まえておけ、美しさが足りないと嫌味を言われるだけの会に毎日のように呼ばれる苦痛が分かる?!


だいたい、浮気してる息子を叱るならともかくなんでわたくしに嫌味を言うのよ! 知らないわよ! お気楽に学生生活を満喫してるフィリップと違って、執務を代行してるわたくしは学園に通う暇すらないんだから!!!


貴族が二年通う学園は社交の練習の場という側面が強い。だから本来であれば次期王妃であるわたくしは学園に通わないといけない。学園に通えない分、社交を頑張っているが親しい令嬢は少ない。


王妃教育が終わったなら仕事をしなさいと王妃様に命令され、学園に通う時間はなくなった。本当は、余裕をもって学園に通うつもりで、王妃教育をさっさと終えたのに。意味がないじゃない! ったく、お花畑の王家どもめ。

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