第44話 因縁の結縁 二

 仮にそうだとして、階段そのものを外からすっぽり頑丈な鉄板で囲っているのでどのみち役にたたない。


「わ、私達……お屋敷に閉じこめられたんですか?」


 渕山のうしろで、津堂の理解は絶望と直結した。


「落ちつけ。なにも一生このままだときまったんじゃない」


 腰抜けの臆病者だった渕山が、リーダーシップに満ちた決断力を発揮した。


 彼自身、ひどく驚いた。最低限の良識こそあるが、金と筋肉以外はどうでもいい人間だと自覚していたから。


 津堂を守りたいという意識かと問われれば、半分正解で半分不正解だ。自分より弱いのは明らかだから守るべきではあるが、彼女が祖母に会うべくなけなしの勇気をふるっているのは尊敬に値した。いわば彼は、生まれて初めて対等の相手と認められる人間にであった。それが、彼の真性を目覚めさせた。


「でも、どうすれば……」

「まずは廊下の奥をたしかめよう。あと、簡単ないきさつを説明しておくよ。いっとくけど正気の沙汰じゃないから」


 打ち明け話をかいつまみつつ、渕山は津堂とともにきびすを返した。バーチャル空間が多少なりと正確なら、トイレを経て地下への階段があるだろう。


 実際にそのとおりだった。トイレは男女に別れていて、津堂と手わけして調べた。窓が小さすぎて外にはでられないのも腹だたしいほど予想に沿っていた。


 残るは地下しかない。いきさつも語り終えた。


「こ、ここを進むんですか?」


 津堂の足は前後左右にぶれていた。カラスの死骸よりはるかに恐ろしい存在がいるであろうことは、渕山からの教示で嫌でも察しがついていることだろう。


「他に道はない」


 無慈悲なほどきっぱりと、渕山は断定した。そして、これは田中の『神捨て』のときと立場が真反対なのも理解した。


 ただ、津堂を先行させるのはナンセンスだ。あくまで渕山が果たさねばならない。津堂よりは館に知識があるのだから。


 階段を降りきると、田中の『神捨て』を踏まえるかのように廊下が明るくなった。二回目ともなればしっかり観察できる。地下は、階段を降りきってから続く一本の廊下を中心にこしらえてある。ドアの数は、壁の片側に三つ。一番奥の突きあたりに一つ。バーチャル空間での体験よりは、突きあたりにある最後の一枚だけ多い。


 津堂の祖母と合流できたとして、屋敷からどう脱出するのか。あんな登場をしたのだから、丸投げして頼ってもいいだろう。合流できたらの話だが。


 階段に一番近いドアまできた渕山は、聞き耳などたてなかった。ことここまで至った以上、自分達の一挙手一投足はメイ達に筒抜けだろう。その気になれば不意討ちも暗殺も自由自在にきまっている。そうしないのはまだ渕山達に利用価値を認めているからに他ならない。恐らくそれが突破口だ。


 では、ドアを開けよう。アタッシュケースを持ったまま。


「ひいぃっ!」


 背後で放たれた津堂の悲鳴が、渕山の耳をかきむしった。


 室内には美術品を展示するようなスタンドつきの台が六つ、横にならんでいた。一つ一つの台には人間の首が据えてあり、説明書きには鈴木や佐藤といった被験者の名前がそれぞれ記されていた。また、『神捨て』に参加するきっかけとなった所業も簡単に触れている。内容自体は渕山が知っているものと大差なかった。


「結局さ、『神捨て』は成功してるんだよ」


 鈴木の首はやはり、焼け焦げていた。それでもちゃんとした発音で話ができた。


「く、首が! 首がお話してる!」

「いっただろ、異常だらけだって」


 背中にすがりつく津堂に、渕山は首と対面したまま返事した。


「それは、ね。カラスも飛んだんだし」


 血の気が失せきった佐藤の首が、陽気に狂った見識を開陳した。


「は~、またライブやりてぇ~。今度こそ武道館~」


 瀬川の首は、鈴木や佐藤よりはましなようでいて両目がラリっている。


「呪宝如来様がちゃんと復活すれば、受験も仕事もばっちりですよ」


 曽木からは、一言放つ度にごぼごぼと泡の弾ける音がした。


「金の心配もないな」


 鬱血うっけつし、赤黒く膨れあがった田中の首は卑俗な快楽を想像しているようだ。


 かたかた、かたかた。近森の、下半分が欠けた頭は醜悪な舞踏のように揺れた。


「あんたら、そうまでして生きのびてどうするつもりだ」


 渕山は六人にまとめて尋ねた。恐くないといえば嘘になるが、こんな姿になった連中への軽蔑混じりな哀れみが勝っていた。


「呪宝如来様が復活したら俺達は信者一番乗りだろ? やりたい放題にきまってる」


 瀬川が答えた。


「どのみち、俺達は最初から呪宝如来様に大なり小なりかかわりがあったんだよ」


 鈴木が瀬川のあとを継いだ。


「ああ、そんなところじゃないかとは思ってたよ。近森の『神捨て』ではっきりした」


 教えられるまでもなく、渕山には確信があった。


「鈴木が火事を起こしたのはここの近所にあるキャンプ場だろう? 田中はうまくいけば巣出村のキャンペーンガールにでもなるはずだった。瀬川は元メンバーが巣出村でのロックフェスティバルを発表したのが我慢ならなかった。曽木を修行させた山伏達はいうに及ばず、田中や近森に至ってはいちいち言葉にするまでもない」

「なあんだ、全部お見とおしかぁ」


 田中が、笑いながら肯定した。


「あてずっぽうな憶測もあったが、どうやら図星だな」


 自慢する意志は、渕山にはこれっぽっちもなかった。


「僕の爆弾で呪宝如来様の封印が外れたんだ。山伏達は、それまで呪宝如来なんて絵空事ときめつけてたのに手のひら返しちゃって」

「だからこそ、俺の『神捨て』で山伏どもを殺してやったんだよ。警官のふりなんかしやがって。まぁバーチャル空間でも本当に人殺しができたから、博尾も少しは役にたってたんだなぁ」


 近森の説明を引きとった、穏やかにすら思える田中の自慢話にはまさしく胸がむかつく。


「津堂さんのお婆さんなら、隣の部屋にいますよ」


 曽木がぼそっと伝えた。


「ええっ!?」


 津堂が叫び、渕山はあえて沈黙を守った。


「でも、メイ様と本物になった呪宝如来様も一緒です」


 曽木がつけ加えたことで、津堂の希望はたちまち冷えこんだようだ。


「本物……あんたらの身体を液状化して点滴したからか?」


 渕山は、とどめの一言を放った。


「ああ、そうだよ。俺達は呪宝如来様の一部になったんだ!」


 田中が自慢げに太鼓腹を揺する姿が目に浮かびそうで、渕山はぞっとした。

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