八 そういう筋書きか。なら遠慮はいらないな。
第43話 因縁の結縁 一
バグにはもうウンザリだ。メイがどう言い訳しようが、呪宝如来がどうだろうが金を手に引きあげる。
渕山は、固く心に誓ったはずだった。
いざ現実世界に……博尾の死体が横たわっていた部屋に帰ると、このうえまだ驚かされる事態が待ち受けていた。
まずアタッシュケースの現金と契約書。これは一貫して変わらない。自分の心身も問題なし。服装から髪型から大丈夫。そこまではいい。
部屋の床一面に、足の踏み場もないほど横たわるカラスの死骸。幸いにも腐臭がたちこめるほどではないが、だからといって喜ぶ話じゃない。さすがに、これほどでてくれば免疫にもなる。カラスについては、だが。
極めつけは、正面……かつて博尾が座っていたソファー……にいる女性だった。渕山と同世代の若さで、外見たるや……デフォルメされてないなら……スゴイワちゃんと瓜二つ。髪こそ染めてないが、ハーフツインにぱっちりした目元は生き写しだ。
背こそ一五○センチになるかならないかだが、身体つきは均整がとれていた。筋肉モリモリなはずもないが、しなやかな健康美には充分恵まれている。
「あのう……そろそろお話してもいいですか?」
おずおずと、彼女は口を開いた。参加者達はもちろん、メイやメイコともまるで異質な人間性が声からにじみでている。
「え? ああ、はい、どうぞ」
「失礼ですが、あなたはこのお屋敷の方ですか?」
「いや、違う」
相手があまりにスゴイワちゃんに似ているので、ついタメ口になってしまった。彼女は特に気を悪くしたようではなかった。
「私、祖母を探しにきたんです。このお屋敷まできたら、メイドさんにここで待って下さいっていわれて……」
「いつ?」
「二時間くらい前です」
やはり、メイもメイコも外出などしていなかった。まさか、メイコ以外にメイドがいるとも思えないし。
「お婆さんって……ひょっとして、この屋敷まで登る途中の二股にある一軒家に住んでない?」
「そうです! ご存知なんですか?」
「ここにくる道を尋ねたよ。元気そうだった」
事実を渕山は告げた。
「ありがとうございます。でも、私がきたときにはいませんでした……」
「俺が聞くのもなんだが、お婆さんにどんな用だ?」
「ちょっと、相談したいことがあって……家にいったら、上のお屋敷にいってくるって私宛ての置き手紙があったんです」
「お婆さんが心配なのはわかるけどさ、早く逃げた方がいいよ」
渕山としては最大限の良心をこめた助言だった。
「どうしてですか?」
「ほれ」
渕山は、床を埋めつくすカラスをあごでしゃくった。女性は渕山の示唆に応じて視線を床まで下げた。
「きゃああっ!」
ソファーの上で、女性は身をすくめた。
「とっくに知ってたんじゃないのか?」
「私がきたときにはなかったです! ここに案内して頂いてから……待ちくたびれてつい……うとうとしちゃって……」
呑気なのか神経質なのか。
「俺は、お宅がここにきたときにはいたのか?」
渕山は重要な可能性に思いあたった。
「はい。座ったまま寝てました」
ということは、参加者……否、被験者のように身体をいじられたのではなさそうだ。少しは安心した。
「俺だって怖いが、このくらいはもう慣れた。ただ、この洋館は最初から異常だらけだ」
「は……はい……あ、ありがとう……ございます……」
がたがた震えながら礼を述べる彼女を、渕山は哀れんだ。
「玄関まではそんなに遠くないし、一本道だ」
助言をしめくくるつもりで、渕山はつけ加えた。彼女はこくんとうなずいたが、それっきりだ。
「どうした?」
「あ、足がすくんで……」
「ここにくるときはどうだったんだ?」
「こ、こんなの……ありま、せん、でした」
博尾達の説明がどこまで正確かは怪しい。ただ、バーチャル空間が現実に影響をもたらすという主張はもはや疑いようがない。肝心なところとして、連中にそれがコントロールできているかどうか。
「しかたない。俺が玄関まで送ってやるよ」
「え? でも、お屋敷にご用があるんじゃ……」
「いや、いい機会だ。お婆さんのことは、あとでゆっくり話そう。一人でたてるようになったか?」
「は……はい……」
生まれたての子鹿のように、ふらふらと彼女はソファーからでた。
「カラスは無視しろ。こうなったら踏んづけないと歩けない」
「わかり……ました……」
渕山は契約書を折りたたんでズボンのポケットに滑りこませ、二つのアタッシュケースを両手に持った。そうして彼女とともに部屋をあとにした。
廊下はきたときよりはるかに薄暗くなっていた。天井の照明が消え、窓という窓には鎧戸が外側にかかっている。カラスもとぎれなく床を覆っていた。
「俺のうしろから離れるなよ」
一歩一歩、慎重に進みながら渕山はいった。
「はい……ありがとうございます」
「そういえば、俺は渕山っていうんだ。名前は?」
「津堂です。祖母も同じ名前です」
これで、老婆の謎がほんのわずか解けたわけだ。
渕山は、津堂に『神捨て』を質問するつもりはなかった。
彼女の境遇や目的にある程度の関心はあるし、時間があれば聞きもしたい。しかし、今は付き添いになったのを幸いここを出るのが先だ。博尾の死について警察からなにか聞かれることはあるだろうが、狂言と思っていたとでも主張すればいいだろう。どの道、渕山には博尾を殺害する動機などあるはずがない。それに、彼の死体を運んだのはメイかメイコになる。なおさら好都合だ。
そんな目算は、玄関についた時点で雲散霧消した。
「なんだこれは?」
渕山の質問は、理不尽な展開への怒りが多分に混じっていた。
玄関そのものが、渕山と同じくらいの大きさをした鉄板を二枚横渡しにして封印されている。ご丁寧にも鉄板は玄関に溶接されていた。
いっそ二階は……。玄関ホールから見回すと、階段であろう場所はわかる。
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