第42話 環境の回復 六
「生首だって生きてれば喋るよ。つまり、『神捨て』はまだ終わってない。本当に非科学的だね、このゲームは」
「あんたにいわれたくないよ!」
『バグ発生! 参加者は身体の大半を失い、かつ拘束も使えなくなりました。修復措置として、残り時間いっぱいまでこの状態が続けば特例として参加者の勝利とします。なお、残り時間はあと約十分です』
どこからか、メイがバーチャル空間全体に聞こえるように宣言した。
「はぁっ!?」
悪ふざけにも、というより渕山の寛大さにも線引きが必要となっている。これではなんのために時間を稼いできたかわからない。
「最後まで諦めないのが、人生肝心だね」
「やかましい!」
この状態が変化しさえすればいいなら。渕山は左手を近森の顔にかけた。が、どう力をかけても肩から外れない。痛くもかゆくもないものの、あたかも
『あと九分』
メイが機械的に残り時間をアナウンスした。
「どうせ僕が勝つんだし。君がどうなるかは知らないけど、多分僕の代わりに死ぬんだろ? なら、暇潰しかたがた聞かせてやるよ」
「うるさい!」
ただでさえ時間がないのに、ひっきりなしに耳元で話しかけられては集中できない。
「僕はそもそも、一介のフリーライターに過ぎなかった。特に過激な主張をしたこともない。少なくともある一時期までは」
暇潰しどころか、妨害工作だ。
「でも、諸事情で日に日に依頼が減って廃業の危機になった。散々智恵を絞ったよ。自己啓発書から家庭菜園の実用書まで、あらゆる本やブログを読み漁った」
無視。集中。逆転の可能性に集中すべし。
「でも、ほとんど効果がなかった。焦りに焦った僕は、翻訳ソフトを頼りに海外のブロガーと接触した。むろん、依頼人のツテを作りたかったから」
『あと六分』
「結果的に、それが鍵だったんだ。日本は、自然が豊かとされている割には環境破壊が進んでいる。矛盾だよね」
「矛盾は今のあんたの姿そのものだろう!」
我慢できなくなり、渕山は怒鳴った。
「指摘されるまで知らなかった僕も僕だった。日本に限らず、環境問題を啓発している国際ブロガーグループにようやくたどりついた。仕事ももらえた。でも、それだけじゃなかった」
『あと三分』
「ペンは剣よりも強しなんて、ただの自己陶酔だったんだよ。力ずくでルールを破る連中にはなんの説得力もない。さっきでてきたグループは、実力闘争のしかたもいろいろ教えてくれた」
黙れと命じかけて、渕山は一つの引っかかりを覚えた。
ある意味で、肩にとりついたこれはスピーカーのようなものだ。送信をしている本部がどこかにある。
あてもなく探していいなら十分などという制限時間を設けないだろう。逆説的に、この辺りに解決の根幹があるはずだ。
「まー、最後にやっぱりしくじったね。家族連れのハイキング客に撮影されていたなんて。お陰で二度手間になったし、犠牲者が増えた。一応、殺傷を避けるのが僕のポリシーだったんだけどなぁ」
犠牲者……。路上には、池からついてきた顔がある。近森と同じく、下半分が欠落している。彼女のように語りはしないが、両目は池を指すように寄っていた。
『あと二分』
迷わず渕山は欠けた顔を拾い、池まで走った。水面をかきわけるように走りつつ、もう一度自分が手にした顔の目の動きを読んだ。池の中央に関心があるようだ。
「ちょっと、池に潜るつもり? それだと僕が話せないじゃないか」
「二重に願ったりだよ、この殺人爆弾魔!」
『あと一分。秒読み開始』
こんなときこそ筋肉の出番だ。犠牲者の顔を手放さず、全身全霊をかけて泳ぎ、池の中央で水底へと沈む。
あいかわらずの泥水ながら、渕山には確信があった。すぐに池の底へと至り、二つの遺体を発見した。二つとも、顔の上半分がなく衣服はぼろぼろに焼け焦げている。どうにか手足はついていたものの、靴はなくえぐられた腹からは内臓がはみでていた。
それでも、遺体の一つは服装と体格から近森だと簡単に把握できた。いきなり肩が軽くなり、渕山から離れた近森の顔が水中をふわふわ漂いながら残りの遺体と合体した。ほぼ同時に、渕山の手からするりと犠牲者の顔が抜けでてもう一つの遺体と合体した。
合体を果たした近森の遺体は、上半身をむくっと起こして渕山を指さした。そればかりか、口を開けてごぼごぼ泡を吐いている。たちまち拘束リングが渕山にかけられた。
数秒と置かず、もう一つの遺体が近森に彼女の背後から抱きついた。かと思ったら近森の頭に噛みついた。せっかく合体したはずの近森の顔がまた二つに割れてしまい、近森の両手はいたずらに泥水をかきまぜながらどこかにいった上半分の頭を探した。しかし、犠牲者の遺体ががっちりしがみついているせいでどうにもならない。
拘束リングはすぐに力を失い、砕けて消えた。渕山は潜航よりもなお強い力を手足にこめて水面へと上がった。
「ぶはぁっ!」
『ゼロ! 勝者、渕山様! おめでとうございます!』
「いいかげんにしろ!」
渕山が水上で怒りをほとばしらせるのと、バーチャル空間が暗転したのは完全に一致したタイミングだった。
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