第27話 反抗の脱却 四
これで大事な情報が一つ得られた。
「ありがとうございます。他にはありますか?」
「基本的に、渕山さんは今後も丸腰です。相手に抵抗するのは自由ですが、バーチャル空間であってもあなたから挑戦者を殺害はできません」
「挑戦者は自分の犯罪に応じた武器か道具を持つんですよね?」
「はい。場合によっては自分の欲求を象徴化した武器を持つこともあります。どちらになるかは本人の人格次第です」
「人格次第とは?」
「罪悪感がなければ犯罪に応じたもので、あれば欲求を象徴したものとなります」
あれらはもう、象徴化というより肥大化じゃないかとツッコミたくなった。最大限の自制心で、口にするのは控えた。
「挑戦者がそれ以外のものを使うことは?」
「拘束リングを別とすれば、ありません」
「私はいつまで逃げればいいんですか?」
「それぞれのバーチャル空間内で二時間です」
「私がなにか道具を使うことはできますか?」
「武器でなければ結構です」
「わかりました。契約書はこれでいいです」
「そうですか。では、我々で署名押印を」
博尾が言葉を切った。渕山は契約書に署名押印し、博尾もそうした。あらかじめ全く同じものが二つ作ってあり、割印をとって渕山と博尾がそれぞれ所有する。
「契約書はこの場で一頁ずつ私のスマホに撮影しておいていいですか?」
バーチャル空間にいる間に、書類が勝手に改ざんされないための用心だ。スマホは渕山本人でない限りまず解析などできないパスワードがかかっている。
「はい、お気のすむようにしてください」
「恐れ入ります」
渕山は作業にかかり、五分ほどで終えた。
「では、報酬を」
博尾の言葉に応じ、メイコはアタッシュケースを二つともテーブルに置いた。
博尾は両方の蓋を開け、中に詰まった札束が渕山から直接手にできるようにむけた。
「何枚か、無作為に試していいですか?」
「もちろん、どうぞ」
渕山はいくつかの札束を抜きとり、透かしやナンバーを一つ一つ検分した。本物だ。
「たしかに」
「では、お納め下さい。アタッシュケースそのものはおつけしますよ」
「ありがとうございます」
博尾に促され、渕山はアタッシュケースの蓋を二つとも閉じて自分の足元に下ろした。愛車に持っていってもいいが、金額が金額なだけにぎりぎりまで館にある方がいい。まさか、博尾を含めてここの人々が手をだしたりはしないだろう。
「さて、全てご了承頂けましたね?」
博尾は念押しした。
「はい」
「では、次の『神捨て』をお願いします。詳細に入って構いませんか?」
「はい」
そういえば、博尾から挑戦者について聞くのはこれが初めてだ。
「挑戦者の名前は
「『神捨新聞』も配信されるんですか?」
「されます。没入していいですか?」
「どうぞ」
とたんに室内が暗転した。
景色がはっきりしたとき、渕山は顔だけ残して首から下が地中に埋没していた。これまでに比べても極端な状況だ。顔を左右に曲げるくらいしかできることがない。
高さ十メートルはあろうかという緑色のネットに挟まれた、幅五十メートルほどの芝生。その端には、いくつかのレーンに区切られた平坦なコンクリートがむきだしになっていた。芝生のあちこちにゴルフボールが落ちている。
渕山はゴルフをしたことがない。ただ、ここがいわゆる打ちっぱなしのゴルフ場なのは理解できた。できたが、背後から近づく足音を耳にしてもやれることはなにもない。
ヒュッと風を切る音とともに、右耳をかすめてゴルフクラブの先端が芝生に叩きつけられた。地面にめり込みこそしないが、まともに食らったらそれこそおだぶつだ。
二回、三回とゴルフクラブは渕山の頭すれすれに振り下ろされた。その度に肝を潰したが、こうなるとわざと外していびっているようにしか思えない。いずれにせよ、ゴルフクラブの持ち主は彼の背後にいる。顔や外見はまだ拝みようがない。
「くそっ! くそっ! どうして当たらないんだよ!」
自分と同年代らしい若者の声で悪態がつかれ、背後にいるのは曽木なのだろうと見当がついた。
「このまま空振りしてても疲れるだけだろ? まずは俺を掘り起こせよ」
一度埋められたら……まして固い土の中とあっては……いくらボディビルダーでも自力で這いでるのは不可能に近い。いつゴルフクラブが直撃するかわからないとあっては、渕山は半ベソになりかねないほど怖がっている。相手が自分の背後にいるからこそ落ちついて諭すような雰囲気を保てた。
「うるさい! どうせ逃げるんだろう!」
「なら気がすむまでやれよ」
「馬鹿にするな!」
また十数回ゴルフクラブが虚しく宙を切った。
「お前、曽木っていうんだろ?」
「偉そうに名前を呼ぶな!」
名前の否定ではない。つまり確定。
「曽木、駄目だとわかりきってることに全力を費やすのは馬鹿げてる」
博尾から耳にした情報を元に、渕山は曽木の泣きどころを突いた。曽木が、二時間もこの状態を続ければついには成功するだろう。だから、どうにか彼の意識を作業の継続からそらさねばならない。
「お前になにがわかる! 一生懸命やれば結果に近づくんだ!」
「それで失敗したらお前は殺人犯で死刑だよ」
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