第23話 中傷の沈黙 七
「くそっ。聞けばいいんだろ、聞けば!」
瀬川の悪態に、メイはなにも返さなかった。
「うーっ……そうだな……そうだな……あっ、思いついたぞ!」
天井にまで達した火を背景に、渕山を覗きこむように眺める瀬川の表情が嬉しそうに緩んだ。
「じゃあ質問だ。俺が犯罪でどんな取引をしていたのかあててみろよ。おっと、逆質問はなしだ。そうしていいとはいわれてないだろ?」
いくらなんでもあやふやすぎる。
「早くしろよっ! 時間ないんだろ!?」
催促されるまでもない。だが、『犯罪で取引』とは……。
そもそも、瀬川の犯罪は誹謗中傷に基づく名誉毀損や侮辱罪だろう。自殺するまで追いつめられた元メンバーは非常に気の毒だが、死刑や無期懲役というほどではない。民事で慰謝料を請求されはするだろうが、どうせまともな資産などないだろう。知らん顔をしていれば、払わせようがない。
逃亡にふさわしい重罪……大麻の密売網でも作ったのか。反射的にそう答えたくなって、危うく口をつぐんだ。簡単すぎる。あの帳簿が密売相手の名簿だと考えるのは当然だが、瀬川の自慢げな顔つきからしても安直には飛びつけない。
炎に耐えられなくなった棟木の一本が、耳をおかしくさせそうなほど大きな音をたてて天井から落ちた。もう数センチずれていたら、渕山は頭をカチ割られていただろう。
大麻は関係ない……? パソコンにはカメラの画像が写っていた。ストーカーさながらだ。瀬川の性質からして、元メンバーのAをしつこく監視していたのは想像に難くない。だが、自分でそんなことができるのか。むしろ、誰かに頼んでやらせたのではないか。それが暴力団か何かにかかわっていたせいで、逆に自分が脅されるようになった……という筋書き。だから、犯罪もさることながら脅迫者から逃れるために『神捨て』を選んだ。
「答えよう。元メンバーのAを誰かに監視させるのと引きかえに、あんたが自分で育てた大麻をその誰かに渡していたな?」
「惜しいっ! 惜しいなぁ! 百点満点じゃないから駄目だ。そうなんだろ?」
『はい、そうです。渕山様の敗北です』
「ほらな! 俺の勝ちだ! 俺の勝ちだ!」
「お、惜しいってなんだよ! じゃあ正解は!」
「へっ、冥土の土産に教えてやるぜ。まず俺が第三者……Bとでもしとくか、そいつにAを監視させたのは本当だ。だが、大麻を密造してたのは俺じゃない。Bの方だ。俺は偶然それを知って、大麻をバラされたくなければ協力しろってBをゆすったのさ」
なんということだ。麻薬に関しては瀬川はあくまで無関係だったのか。いや、間接的に関係したといえなくはない。だが、渕山の解答では減点を免れない。
「さっ、おとなしく口を開けろよ。すぐすませてやるよ」
こんな手あいに負けて殺されるのは二重の屈辱だ。渕山の気持ちとは裏腹に、勝手に口がぽかんと開いた。
「まあ、お前の説明も的外れってほどじゃなかったんだけどな」
ひっきりなしに炎をあげる壁に面とむかって、瀬川は喋りだした。彼はズボンのポケットから小さなビンをだしたが、鼻歌を歌いながら右手を軽く上下させてビンをもてあそんだ。
「監視させるだけじゃなく、Aに大麻を勧めるようBから持ちかけさせたのも俺だよ。俺はAの仲間にツテがあったからな。外国の特別な煙草とかなんとか適当にごまかして、まずAの仲間を大麻漬けにした。そこからAまでいきつかせたんだ」
瀬川は相変わらず壁に語っていた。
「最終的にAが捕まったときには、他に誰が大麻をやっていたのかを俺はかなり詳しく知っていた。警察が知りたがるのは当たり前として、Bから大麻を買ってた暴力団も俺の身柄を欲しがっていた。警察とは逆に口封じのためだ。どっちも願い下げだったから、Bを殺してやったんだ!」
唐突に興奮した瀬川は……栓をしたままとはいえ……ビンを右手に握りしめて上下に激しく振った。
「大麻なんて、やる奴が悪いんだよ。勧められても断りゃ良かったんだ。意志が弱いんだろ? 根性がないんだろ? 俺がAだったら、きっぱり断ってスターのままでいられたぜ! そうすりゃ俺も訳のわからない連中に絡まなくてすんだんだ! 俺の歌、聞いたことないだろ!?」
渕山を完全に無視して、瀬川は天井を見あげた。観客をあおるスター歌手のように両腕を広げ、大声で歌い始める。火の粉がかかろうが消し炭が降ってこようがお構いなしだ。
そこで渕山も気づいた。火事を起こした大麻の密造現場で、煙を吸い続ければ急性中毒になるにきまっている。皮肉にも、床に転がされた渕山は……上着で口と鼻を覆っていることもあり……中毒には至らなかった。
「サンキューっ! サンキューマイラブーっ!」
頭の中の観客から万雷の拍手を受ける瀬川の頭を、灼熱の梁が文字どおり火を吹きながら天井から落ちてきて直撃した。頭蓋骨と頸骨が同時に砕ける鈍い音が室内に響いた。
『瀬川様の死亡を確認。失格となりました。勝者、渕山様! おめでとうございます!』
メイの宣言とともに、小屋の天井からも壁からも怒涛のごとく海水が室内へ注がれた。速やかに火は消えたが、渕山の意識もまた遠のいた。
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