第14話 粘着の解脱 四

 佐藤は、膝を床にぺたんとつけた格好で座っている。正確には、自分の姿を真横から撮影されていた。彼女とむかいあって、とある男性がたっていた。パンツ一丁で、だらしなくたるんだ腹をしている。男性は首から下しか写ってない。彼が両手を自分の腰に当てている姿は、滑稽でもあり醜悪でもあった。


 佐藤は、上目遣いに男性を見ながら舌をだしてパンツに近づいた。


「ふざけんな!」


 急に佐藤が大声をだして、渕山はびくっと身をすくませた。


 彼女は渕山の視線を妨げるようにテレビの前まで大股で歩み寄り、パイプで画面を刺した。ボンッと爆発するような音が渕山の耳をつんざいた。佐藤の怒りはそれだけでは収まらず、パイプを槍か棍棒のようにふるってテレビをさんざんに叩きのめした。血なまぐささは相変わらずなのに、壊れた電機特有の鼻を刺すような臭気はしなかった。


 テレビがバラバラになり、破片だらけの残骸になってようやく佐藤は破壊をやめた。荒く息をつきながら、肩が大きく上下している。


 仕事なのか、私生活なのか。恐らく半々だろう。プロ意識があるから視聴者に笑いかけもするだろうが、ニュース番組に洩らした発言からしても不本意な企画だったとしか思えない。どの辺まで痴態を見せねばならなかったのかまでははっきりしないが。


 してみれば、佐藤の言動は鈴木よりは同情できる。あくまでこうしたいきさつだけに絞って考えるなら。問題は、このままだと佐藤の『神捨て』が成功してしまいかねない。


 無駄と知りつつ手足を当てずっぽうに動かすと、驚くべきことに輪の力が緩んでいた。これなら自力でどうにかなる。


「あたしは被害者なのに、なんであいつが気の毒がられるんだよ! 男なんてみんな同じだよ! でも、あなたは別ですよね?」


 テレビから渕山に顔をむけた佐藤は、満面の笑みを見せつけながらパイプを軽く宙に振りまわした。


「べ、別って……」

「あたしといっしょに死んでくれるんでしょ? ああ、最後のファンと死ぬだなんてロマンチックだわ~!」


 両目を潤ませる佐藤とは裏腹に、渕山は彼女の隙を伺っていた。とにかく攻守逆転させなきゃ話にならない。


「あー、その。最初の話に戻りたいんだけど。所属事務所って、結局どこなの?」


 不覚にも、声が震えてしまった。だからといって沈黙は許されない。まずは佐藤の関心をひきつけねばならなかった。あと、なにがしかの理性も。


「もうそれはいいんです。なるべくなら同時に死にたいんですけど、ちょっと難しいかな……」


 悩みつつも、まだテレビから離れない。


「人のいうこと聞けよ」


 いくら金のために協力するとはいえ、個人的な限度がある。理不尽な展開が途切れないのも手伝って、渕山はつい本音を口にした。


「は!? なにそれ! あんた、どうしてあのクソプロデューサーとおんなじこというの!?」

「い、いや失礼。ちゃんとした会話がなりたちにくいなぁと感じただけで……」

「あたしの『神捨て』に協力したくてきたんでしょ!? どうして逆らうの!」


 協力は協力でも方向が違う。などと本人にとって気に食わない話をしたらどう逆上するか想像もつかない。


「協力したいからこそ正確な事実を知りたいんだ。あやふやな理解のまま心中しても無意味だろう?」


 渕山としては、我ながら冴えた誘導だった。


 パイプで右肩をとんとん叩き、佐藤はしばらく考えた。数十秒して、佐藤はいきなりパイプを渕山に投げつけた。あまりにも突飛なのと、まだ輪がかかったままなのとで避けられずにパイプは深々と渕山の脇腹に刺さった。


「いでえええ!」

「つべこべいわずに死ぬんです! あたしもすぐあとを追いますから!」


 パイプの中を通じて、だらだら血が流れ落ちてきた。いくらバーチャルだからといって、痛みは本物としか思えない。


「やめてくれぇっ!」


 精神的にも肉体的にも耐えられなくなり、渕山は全力で腕に力を入れた。輪が内側から弾け、ようやく自由になる。ついでにパイプも引き抜いて床に捨てた。よけいに出血が激しくなったものの、こんなおまけがついていたらまともに動けない。


「約束を守って下さい!」


 佐藤は渕山に突進した。負傷がなければ取っ組みあいでもなんでもするが、ここは逃げるしかない。パイプを拾って武器がわりにする選択肢もあったが、どんな理由であれ兵器や道具で人を傷つけるのはぎりぎりまで避けたかった。


 出血に構わず部屋のドアに飛びつき、渕山は死にものぐるいで廊下にでた。ドアのむこう側で佐藤が喚いているが、構っている暇はない。


 だが、逃げるだけでは解決にならない。だいいち出血をどうにかせねばならない。滴った血をたどれば渕山がどこにいったかすぐにわかってしまう以上、隠れることも難しい。


 問題は、あくまでこのホテルからでるのかでないのか……はっきりした方針をたてねばならないことだ。それも速やかに。


 ホテルをでさえすれば、少なくとも身の安全は確保しやすくなる。現実のような街なみがあればだが。難点としては、佐藤ともう一回対峙するのに余計な時間を食う。その間に、やけくそになった佐藤が自殺でもしたら元も子もない。あくまで『神捨て』の結末として……。

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