第10話 焦慮の脱出 六

 ゲームにつきあう他なかった。


「え? 嫌に決まってるだろ」


 鈴木は渕山のリングを一つ手にして、上にずらした。あっけなくすっぽ抜けた。


『判定 事実です』

「良しっ。まず一つだぜ」


 鈴木が喜ぶのは奇妙だ。あと二つリングが外れたら立場が逆になるのに。


「次の質問だぜ。あんたの住所氏名と預金の口座番号と暗証番号を教えてくれよ。どうせポケットの中にカードやらなんやらあるんだろ」

「おいっ、そんなのはインチキだろ!」


 アナウンスは黙ったままだ。事実、鈴木の指摘はある程度まで正しい。暗証番号以外はすぐ知れる。問題は、暗証番号について嘘をつくべきかどうか。


 鈴木は、人格的には外道だが小智恵は回る。動画の企画といい今回の質問といい、忌々しいが認めざるをえない。ならば、嘘をついて焼き殺されるのは避けたい。


 それでいて、どうせバーチャル空間なら本当に殺されるのではなかろう。自分の負けで構わないからさっさとゲームを終わらせて、現実に復帰するのも一考だ。


 いや。これまで渕山は、結果はともかく常に自分の人生で先手を打ちながら生きてきた。このゲームでは、鈴木に先手をとられてしまった。それをなあなあにして次に進むのは信条に反する。


「早く答えろよ」


 鈴木にせがまれ、渕山は事実を告げた。すぐに鈴木は渕山のズボンのポケットを漁り、財布からカードをだした。ついで、シャツの胸ポケットからスマホを奪ってなにやら操作する。スマホは使えなくなっているはずなのに、鈴木が満面の笑みを露骨に示したことでそうではなくなっているのを悟った。


 鈴木は二つ目のリングを外した。


『判定 事実です』

「やったぜ! 思い通りだ! じゃあ、最後の質問な。このままゲームを棄権してくれよ。じゃないと、さっきの個人情報を今すぐネットにバラまくぜ」

「はぁっ!? ふざけるな!」

『後攻は質問の回答以外の発言を慎んで下さい』


 本音で棄権するといったら、鈴木は渕山の個人情報を握ったまま無罪放免か。なめるにもほどがある。嘘をついたら、そして嘘だとバレたら。焼き殺されてゲームオーバー。


 鈴木は、渕山の嘘をどうにかして見抜く自信があるようだ。さっきのように、機転を利かせることもあるだろう。


 だが、それだけだろうか。どうして渕山だけが丸腰なのか。さらには渕山が使えなくなっていた自分のスマホを、鈴木は普通に使えた。バーチャル云々はさておき、右も左もわからない土地で渕山のスマホに伝えられた情報を疑いもしなかった。だいいち神捨てについて渕山は一切知らされていなかった。


 つまり、博尾か博尾の息のかかった人間が鈴木に有利なゲーム展開を演出している。


「俺さ、本音の話キャンプ場で死人なんてだしたくなかったんだよね。あんたが棄権してくれたら、どっちみちもうお互い傷つかずにすむじゃん」


 ぬけぬけと鈴木は口にした。いかにも人道主義者だといわんばかりだ。


 ならば、ここで拒絶して攻守を換えるのか。自分が鈴木を焼き殺せるのか。バーチャルでも一生トラウマになりそうだ。


「俺が棄権するなら、火炎放射器はいらないよな? まずそれを外せ」


 そう要求していいかどうかはわからない。ある意味賭けだった。アナウンスはやはり沈黙している。


「外したら棄権するんだよな?」

「その通りだ」


 鈴木は火炎放射器を身体から離して床に置いた。


「さてと、じゃあ約束を守れよ」

「……」

「おい、だんまりはなしだろ」

「俺は事実をいった。だから、リングを外せ」

「ああ!?」


 鈴木のようなひねこびた人間は、こうやって足元をすくうに限る。外したら棄権するんだよなと念押しして、その通りだと『正直に』答えた。だから、リングを外さねばならない。


「ちっ」


 ようやく気づいた鈴木は、最後のリングに手をかけた。


『先攻は正しいスタイルで判定を実行して下さい』


 火炎放射器を身につけ直せという意味だ。鈴木は膝を曲げて手を火炎放射器まで伸ばした。


『十秒経過しました。時間切れにより先攻の失格負けです』

「おいっ! そりゃない……」


 自動車のタイヤが破裂するような音がして、鈴木より渕山こそ身ぶるいした。鈴木が改めて背負った火炎放射器は、砲弾でも当たったかのように粉々になった。中身の燃料が燃えながら鈴木にかぶさった。彼の身体そのものが盾になり、渕山には影響はない。


「ぎゃあああぁぁぁ! 熱い! 熱いーっ! 助けてくれーっ!」


 断末魔を放ちながら、鈴木はごろごろ床を転がった。炎は無慈悲に鈴木を食い尽くし、反吐がでそうな悪臭がたちこめていく。


「お願いします! 助けて下さい! 助けてーっ!」


 渕山は、リングのせいでどのみちなにもできない。顔を背けて目をつぶりはしたが、耳と鼻を塞ぎようがなかった。


「わ……悪かっ……た……で……す……は……ん……せ……い……し……て……い……ま……す……ちゃん……と……さい……ば……」

『おめでとうございます! 勝者、渕山さん!』


 最後のリングが外れ、思わず渕山はよろけた。バランスをとろうとして目を開けてしまい、焼けただれて赤黒くなった鈴木の死体を見るに至った。


 渕山の意識ごと、店内の空間が暗転した。

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