二 いきなり丸腰デスゲーム! 相手は火炎放射器! 待ってくれ、契約の話は!?
第5話 焦慮の脱出 一
二種類の匂いが、渕山を目覚めさせた。一つは煙っぽい焦げ臭さ。もう一つはチーズやタバスコなど食材と香辛料が入りまじった香り。
渕山は、床に横たわっていた。ガラス張りの窓からは、うっすらした煙を透かして日光がさしてきている。身体の両脇には四脚椅子と丸テーブルがそれぞれ据えてあった。博尾の洋館とはまるで異なる。
そして、熱い。すでにして汗だくになっている。
本能的に起きた彼は、カウンターやテーブルに散らばったりひっくり返ったりするピザを目にして悟った。
ここはピザ屋だ。
ついさっきまで、洋館の中で博尾と話をしていたはず……。強いて考えるなら、茶に一服盛られて眠りこんだ隙に身柄を移されたか。馬鹿げている。そんなことをして誰にどんな利益があるのか。
とにかく、現状を把握せねばならない。ピザ屋ならある程度は煙がでてもおかしくないが、ここまで煙たいのは異常だ。換気をしていないのだろうか? それに、渕山以外には誰もいない。こうなる直前まで食事をしていたのだろうが、全員が大慌てで引き払ったのか。私物の類は一つも残ってない。地味ながら、これまた非現実な様相だ。
スマホをだすと、洋館とは……というより巣出村とは異なり普通にアンテナが表示された。店の人間が残っているかどうかはわからないが、せめて煙の元くらいははっきりさせておきたくなった。火事なら即座に通報だ。とはいえ火事場泥棒のような形になり、我ながらきまりが悪い。
複雑な心境を抱えつつ、渕山はカウンターの裏に回りこんでから厨房に通じているとおぼしきドアを開けた。とたんに一層濃い煙が全身に吹きつけられ、思わず咳きこんだ。なにかの本で、あまり高い温度の煙を吸うと気道や気管支の粘膜が傷んで大ケガになると読んだことがある。まさか、そこまでのものではないと思いたい。
いずれにしろ、そのまま足を踏みいれるのは愚の骨頂だ。カウンターには水さしもおしぼりも残っていたので、水をがぶ飲みしてからおしぼりで鼻と口を覆った。それから腰を屈めてさっきの戸口をくぐった。
さっきドアを開けたせいで、煙はいくぶんか薄くなってはいた。やはり厨房で、ピザを焼くかまどや食材を切る調理台などがずらりと並んだかなり広い部屋だ。かまどは暖炉をそのまま大きくしたような格好で、ざっと十個はあった。
すべてのかまどは蓋が開いたままになっており、ごうごうと炎の先端が見え隠れしていた。それだけでも正気の沙汰ではない。一つ一つのかまどは渕山と同じ体格でも二人入りそうなほど広い。蓋もかまどにあわせて分厚く重そうだ。戸口でさえかなりな熱波を感じる以上、少なくとも素手で閉める気にはなれない。仮に蓋を閉めたとして、なにかもっとまずいことになるかもしれなかった。
一つ明確なのは、ピザを調理しているわけがない。まるで、誰かが意図的に火事を起こそうとしているようにしか思えない。ならば、我が身の安全が最優先だ。
厨房のドアをしめかけたとき、一番奥のかまどから人の頭がちらっと見えた。錯覚といいたいところだが、両手が出たり引っこんだりしている。
怖がり屋の拝筋……拝金でもあるが……主義な渕山だが、人なみな良識や正義感はある。ためらいなく戸口をくぐった。たちまち煙が目にしみて涙があふれてくる。かまっている暇はない。
問題のかまどまでいくと、頭や手は渕山が見たとおりにあった。しかし、異常という言葉すらかすんでしまうほど狂っていた。
かまどの中にあったのは、立体映像だった。一人の若い男性が、どこかの飲食店で……この店ではない……ハンバーグを食べている画像だ。実体でないのは間近で眺めてようやく理解できた。映写機などどこにも見あたらないのに、とにかくかまどの中にいた。ではなくあった。
なにからなにまで理屈にあわなさすぎる。開いた口が塞がらないとはこのことだ。
無駄足になった腹ただしさを抱えながら、渕山は厨房をでた。そのまま足を止めず、ピザ屋をあとにした。
路上にでてすぐ、渕山はスマホで百十九をかけた。頓珍漢な立体画像はともかく、店員が一人もいないまま蓋を開けたままでかまどを使い続けていたら火事になるのは当たり前だ。
「もしもし、ピザ屋が……」
電話がつながるや否や、一気に渕山はまくしたてようとした。店の名前や住所は、外からでも看板かなにかでわかるだろうと判断してのことだった。
先方からは、波の音が断続的に聞こえてくる。場違いにもリラックス用の背景音楽を連想してしまった。番号が正しくなかったのかと思いきや、画面には百十九と表示されている。
「ふざけないで下さい! 火事になりそうなんですけど!」
さすがの渕山も怒鳴らざるをえなかった。だが、波の音はいっこうに収まらない。話をする意味がなくなり、電話を切った。
もうピザ屋がどうなろうが知ったことじゃない。そもそも渕山にはなんの責任もない。
それより、せめて現在地くらいは把握せねば。
スマホで地図をだそうとしたら、いきなりメール着信が通知された。差出人は『神捨新聞』とある。そんな新聞に覚えはないので、開かないままさっさと削除した。それから改めて地図をだす。画面がまっくらになり、うんともすんとも反応しなくなった。顔をしかめて再起動しかけたら、また神捨新聞からメールがきた。
舌打ちしたくなるのをどうにか我慢して、渕山はメールを開いた。そうなると、スマホはまともに機能した。
『神捨新聞 第一回
ようこそ、神捨ての儀式へ!
今回の挑戦者は自称イケメンの殺人動画配信者、鈴木 京二!』
名前の紹介が終わると、本人とおぼしき顔写真が渕山の目を奪った。まさに洋館の中庭で彼を威嚇した火炎放射器男だ。
『神捨ての儀式についてはリンク先参照』
ともある。
ひょっとして、これはすべて博尾が開発している新作のゲームとやらなのだろうか。
そういえば洋館にくる前、道を尋ねた老婆も神捨てなるものを臭わせる発言をしていた。あれもまたゲームの一環ということか?
だとしたら、千島の自殺はさておき最初から渕山をゲームにとりこむつもりで招いた可能性すらある。
だが一方で、熱や臭いは本物としか思えない。視覚や聴覚はともかく、触覚や嗅覚まで現実さながらなゲームなど聞いたことがない。もはやSFだろう。
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