第4話 ひろおの真相 二

 眼鏡がギラッと光ったように、渕山には思えた。


「ええっ!?」


 我ながら、今日はよく驚かされる日だ。


「つまり、本来なら千島氏が受けるはずだったあなたからの訓練指導。これを、そのまま私が引き継ぎたいということです。むろん、報酬はお支払いしますよ」


 二転三転する状況に、渕山は頭を整理するのが追いつかない。


 何事にも最初の一回目はある。ここからどう自分の養分にしていくかを瞬時に判断せねばならない。大口の契約がかかっているのだから。


「このお話をするにあたって、あなたの動画も一通り鑑賞しました」

「ありがとうございます」

「あなたの演出は、たどたどしいが生気を感じさせました。いや、あなた自身からではありません。人形からです」

「それは、苦心したかいがありました」


 言葉とは裏腹に、きな臭さが漂ってきた。


「筋肉を賛美するあなたが、人形に『生きた気配』を感じさせる……。失礼ながら、あなたは無意識ながらもわかっていらっしゃる」

「わかっているとはなにをでしょう?」


 あまり聞きたくないが、聞かねばしようがない。


「なにを隠そう、私もあなたが用いるような『人形』にはこだわりがありましてね」


 博尾は、ほんのわずかな間だけ背筋を伸ばした。すぐに猫背の木阿弥だった。


「こだわりとはどんな……?」


 ここは相手にあわせるのが筋だろう。


「非現実をいかに現実へ近づけるか、ですよ!」


 いきなり熱をふかんばかりの口調になり、博尾はまくしたてた。


「世間には毎晩髪が伸びたり歩きまわったりする人形が怪談のネタになったりしますけどね、私にいわせれば生ぬるくて陳腐なんです! 人形を生きた人間そのものにできたら、これはもう人形愛好者からすればまさに神! 超越者なんです!」


 できるはずがないという、ごく常識的な反論を渕山はけんめいに飲みこまねばならなかった。


「現在の科学技術では、ロボットを……それも本物の人間には到底及ばないロボットを作るのがやっとです! それでも、私は一歩一歩近づきつつある! おもちゃを卒業した人形人間に!」

「……」


 金はあるところにはある、あるところにはある。内心で、渕山は繰り返し唱えつづけた。


「私としては、ほらあそこの」


 いうだけいって満足したのか、多少なりと冷静な様子になった博尾は部屋の隅にある呪宝如来を右手のひらで示した。


「如来像のような身体つきになりたいのです。必要な品はなんでも私が自腹でそろえます」


 金。そして、筋肉。わかりやすい目標が提示され、渕山はたちまち決断をつけた。


「そういうことでしたら、もちろん喜んで協力致します。一緒に頑張りましょう」


 弾けんばかりの笑顔に、唇のあいだから白く輝く歯をこぼれさせて渕山は請けあった。


「おおっ、ありがとうございます。なにしろ、私は仕事以外の用事はすぐにだらけて飽きてしまう性分でして。プロのトレーナーが付き添って下されば心強いです」


 先ほどまでの狂熱が嘘のように消え去り、博尾は拍子抜けするほど理解しやすい台詞を口にした。


「そこまで頼りにして頂いて光栄です。まさにそうしたお客様に寄り添うのが私の責務です」


 そこで、ドアがノックされた。博尾が応じると、メイコが現れた。


 白磁のティーポットと二つのカップを乗せた銀色の盆を手にしている。


「失礼します。お茶をお持ちしました」

「ありがとうございます」


 渕山の感謝を経て、メイコはテーブルの脇からカップを彼と博尾の前に置いた。ティーポットから両者のカップへ交互に茶を注ぎ、一礼して去った。


「まぁ、冷めないうちにどうぞ」

「恐れ入ります」


 正直なところ、ここにくるだけで相当な疲労を感じていた。無作法にならないよう気をつけつつ、渕山はカップを手にして一口飲んだ。


「ところで、中庭で変な立体映像をご覧になったでしょう?」


 いきなり聞かれ、危うく茶を吹きだすところだった。


「え、ええ。なにかのゲームですか?」


 おどかされたようにも感じていたので、どこか際どい尋ねかたになってしまった。


「いや、これは失礼しました。私が開発している新作のテレビゲームを試運転したら起きたのですよ」

「ああ、そうだったんですか」


 理屈としては、わからなくもない。


「この館を、敷地ごと実験場にしているんです。ああ、ご心配なく。我々は本物ですから」

「そ、それなら安心ですね」


 渕山からすれば、我々という言葉が自分を含んでいるのかいないのか。


「それにしても、メイドのメイコは僭越ながら如来像に似ているでしょう?」


 博尾は話題を変えた。浮き世離れした価値観の持ち主なのはもう理解したつもりだったが、また一つ加わりそうだ。


「はい、良く似ていますね」


 徹底的に客にあわせる渕山。


「でしょう? わざわざ似ている人間を雇ったんですよ。実のところ、この屋敷は修験道かなにかの修行小屋があった跡地らしいですね。富士山信仰だとかで」

「え……ええ……品格を……感じますね」


 博尾の人格だけで腹いっぱいなのに、別な意味で苦手な領域にさしかかってきた。


「あなたにも味わって欲しいんですよ、その由来を」


 博尾の顔があやふやに歪んできたかと思ったら、渕山はすとんと意識を失った。

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