第3話 ひろおの真相 一

 反射的にそちらを見ると、背の高い三十代くらいの男性が戦争映画のような火炎放射器を身につけていた。ノズルを渕山につきつけている。しかし、実体ではない。むこうがわが透けて見える。


「わあああっ!」


 悲鳴をあげた渕山だが、火炎放射器男は次の瞬間には消えてしまった。


 あぶられたのでもないのに、渕山の顔には汗粒が浮かんでいた。当主の悪ふざけだろうか。昨今流行のなんたらリアリティとかいう代物か。いずれにせよ膝が笑ってしかたない。さりとて、ここで回れ右すれば大口の契約を失い面子丸つぶれだ。


「か、金は……金はあるところにはある!」


 自らをふるいたたせるべく、渕山は筋肉と同じくらい重要な自らの信条を口にした。笑う膝を軽く拳で叩き、今度こそ玄関へ。


 玄関もまた、黒く重々しい造りをしていた。彼が近づくと正門と同じように開いた。


 戸口を挟み、屋内には一人の若い女性がいた。まだ高校生といっていいほどだ。もっとも、身につけたメイド服の着こなしには隙がない。身長は百六十五センチといったところか。体重はせいぜい六十キロ足らずだろう。髪は短く染めてない。化粧も控えめ。そのせいか、男装も似合いそうな顔だちをしていた。


「いらっしゃいませ。私、当館のメイドを勤めておりますメイコと申します」


 インターホンの声そのものだった。メイコとは……普通は下の名前になる。それを呼ばせるとはどういう事情だろうか。とはいえ、そんな疑問は口にするのはもちろん顔にだしても失礼になる。


「トレーナーの渕山です。よろしくお願い致します」


 渕山も、さすがに如才なくお辞儀した。メイコも丁重に頭を下げた。


「それでは、これから客間へご案内致します。お履きものはそのままで結構です。どうぞ、こちらへ」

「ありがとうございます」


 メイコが率先し、渕山はついていった。滑らかな大理石の廊下が二人分の足音を甲高く響かせ、背後では玄関が閉じられる。廊下には等間隔で窓がついているものの、塀のせいで外の景色はわからない。天井にはごく普通のLEDライトがあった。


 漫画やテレビゲームにでてくるような、高そうな壺やら先祖代々の肖像画やらはどこにもない。外観に比べて地味とすらいえる。それに、設備といい壁の色艶といい新築かそれに近い建物のはずだ。にもかかわらず、何十年もたたずんでいるような迫力がひしひし感じられた。老婆との一件や、中庭での体験がそう感じさせているのだろう。


 渕山としては、機会が許すならさっきの幻について聞きたかった。まだ我慢するしかないのがもどかしいが、しかたない。


 恐怖から目をそらすためにも、メイコの歩く後ろ姿を検分した。下世話な好奇心ではなくトレーナーとしての職業意識に基づく筋肉の観察である。


 彼女の歩き方は、細身ながらも少なからず鍛えた肉体を示していた。ただし、生身の人間からどこか隔たっている。SF漫画でもなし、まさか精巧なロボットではないだろうが……。


 それから大して時間をかけず、メイコは廊下にならんだドアの一つを開けた。


「どうぞ、おかけになってお待ち下さいませ」

「はい、ありがとうございます」


 案内された室内は、黒い革張りのソファーに緑色の鮮やかなじゅうたんが構えてあった。分厚い木のテーブルもある。一方で、エアコンはあっても窓はなかった。


 リュックを外して膝に乗せる要領でソファーに腰かけると、メイコは戸口で一礼してからドアを閉めた。


 待っていれば当主がくるのだろう。そう思いつつ、胸ポケットからスマホをだして電波を試した。往路と同様、一切の通信ができない。特別な部屋でだけ、有線かなにかを使うようにしているのだろうか。


 スマホをしまい、ふと部屋の隅に目をやると等身大の木像が飾ってあった。


『伝 銘徒めいと作 呪宝如来 飛鳥時代 ※模造品』


 と、説明書きを記した白いプラスチックのプレートが像の手前の支柱に据えてある。


 木像は、中性的な雰囲気を称えた細身の人間のように思えた。しかし、『呪宝』とは……? 渕山は、この類にはただの門外漢なのでさっぱりわからない。


 ドアがノックされた。


「はい」

「失礼します」


 メイコの声がして、ドアが開いた。渕山は反射的にソファーからたった。


 ドアを開けたメイコが一歩下がり、入れ違いに一人の男性が入室した。猫背気味で、渕山より少し背は低いが小柄というほどでもない。まだ三十になるかならないかという歳格好で、度の強そうな眼鏡をかけていた。


「初めまして。当主の博尾ひろお そらと申します。あ、いや、慌てるには及びません。そのまま座って下さい」


 ひろお違いだ。しかし、住所はここでいいはず……? 当主の台詞も、渕山の動揺をすでに見越していたといわんばかりだ。


 せめて挨拶くらいはしっかりしようと思い、とにかく渕山は型通りに自己紹介してから座りなおした。博尾も渕山のまむかいにあるソファーに座った。


「さて、さっそく本題に移りましょう。あなたが契約していた、千島 広尾氏は亡くなっています」

「ええっ!?」


 これが驚かずにいられようか。


「一ヶ月ほど前になりますが、死因は自殺です」

「自殺!?」


 聞けば聞くほど衝撃がひどくなっていく。


「そもそも、千島氏は株の取引で収入を得ていました。ですが、一ヶ月前に大損をだして絶望したのが自殺のきっかけです」

「そんな……」


 気の毒な境遇に同情はするが、渕山からすれば無駄足以外の何物でもない。


「それから当人の資産が競売にかけられ、私がこの屋敷を丸ごと買いとったのですよ。いや、私は株はやっていません。コンピューターを使ったおもちゃを作る仕事をしています」

「はぁ……」


 猫背と眼鏡の理由は、およそ察しがついた。だからといって渕山の喪失感が晴れるのでもない。


「私が千島氏絡みで入手したのはそれだけではありません。まさに私は、あなたのようなトレーナーを探していたのです」


 博尾はずいっと上半身を乗りだした。

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