第20話
レベッカは、その曳光弾の行く先を見つめた。
実弾よりはだいぶ遅い。だが、今目の前にいる食人獣も、決して俊敏とは言えない。
どうにかこの光弾が効いてくれますように。――日頃、最も信仰から遠ざかっていたレベッカ。だが、今は願わずにはいられない。実在するかどうかも分からない、神の存在とその力を。
決着は、あまりにも呆気なかった。
放たれた魔弾。それらは派手な花火のように爆散し、食人獣の表皮を易々と貫通した。ぷしゅっ、と真っ赤な液体が噴出する。
ギイイイッ、という獣じみた声は、食人獣の悲鳴だろう。
食人獣はじりじりと後退し、自分が掘ってきた地面にその巨体を沈めようとする。
だが、それもまた失敗した。食人獣の後方で待機していた砲撃部隊によって。
「レベッカ! 退散するぞ! おい、聞こえねえのか!?」
「え? あっ!」
気づいた時には、レベッカはゴンに放り投げられていた。その先には観賞用の木々が鬱蒼と茂っていて、いいクッションになってくれた。ゴンもまた、匍匐前進でレベッカに追いつく。
「レベッカ、無事か?」
「あたしを放り投げた張本人が何を……」
「大丈夫なのか駄目なのか、どっちだ?」
「見りゃ分かんだろ、平気だよ」
レベッカが仰向けの姿勢になって食人獣の様子を見ると、弱々しい悲鳴と共にくたばるところだった。
「危なかったな、レベッカ。貸し一つだぞ」
「ああ……って何!? 先に前線に出たのはあたしだろうに! 分かったよ、今回の賞金はお前に――」
「んなもんあるわけねえだろう、賞金だなんて! 突然だったしな」
そう言うゴンに、レベッカは舌打ちを一つ。
「せめて弾薬の補充くらいはしてもらえるだろう。今は一旦、この場を離れるぞ。ケレンの無事を確かめないとな」
「へいへい」
我ながら、意外なほど簡単に了承してしまったな。まあ、間違いではあるまい。
今回の食人獣は地下から現れた。地中に存在する施設は無事だろうか?
※
結論から言えば、デインハルト博士の研究室は無傷だった。
それを知らせてくれたのは、ケレンと最初に出会った魔導士、セドである。彼はさっきの食人獣駆逐に馳せ参じ、ちょうどレベッカたちを見つけたところだったという。
「しかしなあ、セドさんよ」
「何でしょう、ゴン様?」
「この地下には、ものすごい数の地下構造物があるんだろう? 二、三棟はさっきの食人獣に潰されてんのかと思ってるんだが」
「心配ご無用。我々が全力でシールドを展開し、内部にいらっしゃる方を無傷で保護しております」
ふうっ、と安堵の溜息をつくゴン。それに代わって、レベッカがずいっと前に出てきた。
「博士親子は? 今のあんたの口ぶりからすると、どうやら無事だったみてえだが」
「はい。デインハルト博士もケレン様もご無事です。わたくしは、レベッカ様とゴン様のお二人を、デインハルト博士の研究室にお連れしなければ。テレポートの魔術を行使します。まあ――」
意味ありげに、セドは口の端を歪めてみせる。
レベッカとゴンは顔を見合わせた。
※
昆虫型食人獣が地上に姿を現した時。デインハルト博士の研究室にて。
奇声を上げたのはケレンだった。
「地上に地底怪獣が出現!?」
「ああ。食人獣の一種のようだな」
「僕が倒しに行く!」
がたん、と椅子を倒してケレンは立ち上がった。
「ジンヤさん、住民の避難が進むように気を引いてください! 虫けらめ……!」
しかし、駆け出そうとしたケレンの腕を博士は引き留める。
「放してくれ、父さん! 僕は魔術が使えるんだ、食人獣と戦ったことだってある!」
「それは後方支援要員として、だろう?」
「そんなんじゃない! 魔弾を撃てるんだ、なんだったら、今ここで見せることも……!」
「馬鹿はよせ。この研究室に穴が開いたら、周囲を囲む堆積岩が崩れてざらざら入ってくる。それは激流となって、この施設にいる全員を飲み込み、窒息死させるだろうよ」
こんな親子喧嘩、否、意地の張り合いを見ているジンヤ。彼はじっとケレンを眺め、客観的にその魔力を推し測ろうとしていた。
ケレンが地上に出て加勢したところで、大した戦力にはならないだろう。魔力は多いが、実戦経験が圧倒的に足りていない。その割には、自分自身の中にある衝動を抑えきれない。
このままケレンには、自信過剰になってもらった方がいいかもしれない。かといって、今命を落とされてしまうよりは、セイクリッド・ナイヴスに引き込んで訓練させた方がいい。
ケレンは喚き続けた。まるで、過ちを犯すのは若者の特権だという思考が、彼の心を強く引っ張っているようだった。
「早死にする必要はないぞ、ケレン。少なくとも、子供は親よりも長生きするものだ」
「また僕を子ども扱いして……!」
ケレンが歯ぎしりをする横で、ジンヤはふと、自分の脳内に微かな刺激が走るのを感じた。
「博士、ケレン様、ちょうど地上の食人獣が駆逐されました。レベッカ様とゴン様が、こちらに戻ってこられるようですが、よろしいですか?」
「あ、ああ。テレポートで援護してあげてくれ」
「かしこまりました」
ジンヤは表情を戻し、さっと一礼した。
すると、彼の前に魔法陣が現れた。ケレンも見たことのある、テレポートの魔術のための魔法陣。
(レベッカ様、ゴン様、どうぞこの魔法陣へ。ケレン様の下へお連れ致します)
思念でそう伝えると、魔法陣に僅かな紫電が走り、ヴン、という音と共に二人が現れた。
「お疲れ様です、お二方」
横から博士が声をかける。立ち上がった博士はすっと手を伸ばし、二人に握手を求めた。
レベッカは、まずこの地下施設の安全を確かめた。
「こっちは大丈夫だったか、博士?」
「ええ。何も問題はありませんよ。地上はどうです?」
「被害はあったが致命的なもんじゃねえだろう。ごく僅かな範囲だったからな」
「そうですか。ケレン、二人に水を差上げなさい。そこに冷蔵庫……えーっと、ものを冷えたままにしておける箱がある。そこから二本、水を取り出してきてくれ」
「……はーい」
何があったのか、おおまかなところを察したのだろう。ゴンは再び肩を竦めて、やれやれとかぶりを振った。
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