第19話
レベッカはケレンを送り届ける道中、暇を見つけてはローデヴィス経済特区に入った後のことを考えていた。自分の義眼でどうにかなるものだろうかと。
ケレンの言う通り、彼の父親が優秀な科学者だというなら、経済特区の中央部で生活している可能性が高い。とりわけ、食人獣対策の兵器開発者であれば相当な高給取りであろうし。
加えて、この街の中心部には地下構造体があり、そこで生活を送っている者も多いと聞く。
そりゃあ皆、あんな化け物に食われるのはご免だよな。
かつて、同じ恐怖に憑りつかれていたレベッカ。彼女には、地下に住まう人々を臆病者と罵ることはできなかった。
では、レベッカは義眼を使って何をするつもりなのか。
早い話が、透視である。
ケレンの父親の生活空間が地下にあると仮定し、その場所を特定するのだ。
博士はこの街で、科学技術と魔術を統合した強力な兵器開発を行っている。
ケレンの言葉が当たっていれば、そこから魔術の反応が見られるはずだ。それを察知し、地上からアスファルトを割って強襲をかける。
もちろん、これだけでは他人の地下構造部に大穴を開けてしまう恐れがある。
それを避けるには、魔術反応とケレンの生体反応の二つを両方同時に放っている構造物を狙えばいい。
この二つが揃って、初めて特定箇所の狙撃ができる。
がたん、と一度、トラックが揺れた。レベッカは意にも介さず、ずっと床面、否、そのさらに地下を見つめている。
大体の見当はついた。あと三〇〇メートル先、斜め下方向。間違いないな。
レベッカは顔を上げ、ゴンと目を合わせた。軽く頷き合い、この警察車両からの脱出法を考える。
もちろん、同道している警官三人を殺してしまうのは簡単だ。だが、それでケレンが喜ぶだろうか?
レベッカが顎に手を遣ったその時、二度目の振動があった。先ほどよりも大きく、どがん、と。ふと顔を上げると同時、三度目の振動が皆を揺さぶる。
この街に、こんなに整備されていない道路があっただろうか? しかも官庁街で? レベッカはすっと上半身を上げて、荷台の隔壁をじっと見つめた。
「おい、何をやってる? 姿勢を戻せ!」
警官の一人が警棒を振り上げたが、それはすぐにレベッカに掴み取られてしまった。
振り返りもしないのは、レベッカにとってはいつものこと。
手錠をされていないのをいいことに、ゴンもまた四本の腕をぐるぐる回し始めた。
「レベッカ、何があった?」
「来たな、こいつは。地上到達までざっと二十秒、といったとこだろう。おい、運転手!」
乱暴に前方の隔壁を叩くレベッカ。
そんな彼女を気絶させるべく、警官がスタンガンを取り出す。が、やはりこれもレベッカには届かなかった。今度はゴンが、スタンガンを取り上げてしまったのだ。
「貴様ら! これ以上罪を重ねると――」
「全員、耐ショック姿勢!」
レベッカの声に応じたのはゴンだけだ。まあ、彼女が必要だと思っていたのもゴンだけなのだけれど。
二人は素早くシートに座り、思いっきり腰を折ってうずくまって、手を後頭部に当てた。
直後、があん、と鈍い金属音と共に、床がぐわんぐわんと回転した。荷台が車両と切り離され、ずずん、とアスファルトに叩きつけられる。
それにとどまらず、衝撃で荷台はぐるぐると横転した。
警官たちは悲鳴を上げるばかり。体勢を崩し、レベッカのいる方へと降ってくる。しかしレベッカの思考は、既に次の段階に移っていた。
ずばり、何が起こったのか? それを把握しなければ。
そんな生存本能に基づいた、それでいて理論的な思考だ。
気づいた時には、自分の下へ落ちてきた警官たちは無意識のうちに薙ぎ払われていた。これで、没収されていた武器一式の収集も簡単になった。
「おっ、ラッキー」
「レベッカ、無事か?」
「まあな。ゴンは?」
「今降りる」
荷台壁面の把手に掴まって難を逃れたゴン。彼はそのまま、すっと手を離してレベッカのそばに足を着いた。
「警官共は気絶しちまったな。どうする?」
「ゴン、あんたは自分の武器になりそうなもんをかき集めろ。あたしが外に出て、何があったのか確かめてくる」
「了解だ。今外へ出られる状態にしてやる。気をつけろよ」
ぐっとゴンに頷くレベッカ。するとゴンは、右の後ろ手をぐるぐる回転させ、荷台の壁面を殴りつけた。呆気なく外れる壁面。二人はそこから少しだけ顔を出し、状況を確認する。
見たところ大きな被害はないようだが、油断はできない。
レベッカが親指を立てるのを見届けてから、ゴンはサーベルと拳銃を漁りに引っ込んだ。
※
外は騒々しかった。
予想通りと言えばそうだ。だが、ここまで殺気立った、死に対峙する人々の気配というものを感じたのは久しぶりだ。
「ったく、今度は何が出るってんだよ……」
散弾銃を背中から抜き、がしゃり、と初弾を装填する。すると、再び地面が不吉な振動を始めた。
今回は回数で数えられるものではない。連続で上下左右に襲ってくる。まさに地震だ。
「くっ!」
レベッカが片膝をつき、体勢を整えた次の瞬間。
ちょうどレベッカの見ていた方から、凄まじい速度で蛇が迫って来た。いや、生き物ではない。地割れだ。地面が裂けたのだ。
猛烈な砂煙、千切られた地下ケーブル、弾き飛ばされては落下していく警官、軍人、民間人。
それを見て、レベッカは舌打ち。
今度の獲物はデカい。だが問題は、デカいかどうかよりも、この主要官庁街に現れようとしている点だ。
ここが大打撃を受ければ、食人獣から住民たちを守る手段が失われる。
羨望の先にあったはずの一大工業都市が、一瞬で瓦解するかもしれないのだ。
「ああったく! とっとと出てきやがれ、畜生!」
喚き立てるレベッカに、その食人獣は応じた。目の前のアスファルト片を撒き散らし、目くらましを喰らわせるという手段で。
レベッカの義眼とて万能ではない。
光学ではなく、赤外線探知用に網膜を切り替える。だが、それでも視界は曇ったままだ。
視界に余計なものが入りすぎている。レベッカは慌ててバックステップし、食人獣から距離を取る。
眼下からせり上がってきたのは、鋏を有する茶褐色の巨体だった。足の数や形状から、何らかの昆虫の幼体かとレベッカは推測する。全高十メートルはあろうか。
鋏で人々を薙ぎ払い、死傷したところを周辺の瓦礫と共に摘まみ上げ、口吻部に放り込む。
「野郎!」
散弾銃を連射するレベッカ。もちろん、当たればいいというつもりはない。
だが、撃たずにはいられなかった。レベッカは危機感よりも、憤りを自分の中に見出している。
触覚や複眼、脚部の関節を狙う。しかし敵は、こまめに動き回ることで狙いの位置をずらし、弾丸を全て装甲で弾いた。
コイツは随分と大した獲物だ。
一旦退避して、相応の準備をすべきだろう。だが、何をどう準備すればいいのか?
「レベッカ! おい、レベッカ!」
「何だ!」
振り返りもせず、弾丸の装填を試みるレベッカ。だが、背後から首をロックされ、一瞬窒息した。
「がはっ!?」
「逃げるぞ、レベッカ! こいつは軍隊が動かねえとどうしようもねえ! 俺たちの出番じゃねえぞ!」
声を聞く限り、自分の首を絞めているのはゴンらしい。自分自身を除けば、誰よりも信頼できる同業者だ。レベッカはゴンの屈強な腕を叩き、一時撤退という彼の意志に従うことにした。
この場に真っ当な賞金稼ぎなどいるはずがない。周囲の兵士たちは、ほぼ乱射に近い勢いで弾丸を無駄に消費している。
この状況を打開できる手段。この旅路で、瞬間最大の破壊力を有していた攻撃方法。
「こんな時にケレンがいてくれれば……!」
しかし、今ここにケレンがいたところで何かが変わったわけではなかっただろう。
(皆の者、伏せよ!)
テレパシーが脳内で反響する。これはケレンを連れて行った、ジンヤという魔導士の声だ。
ぱっと腹這いになりながら、レベッカは後方を見遣る。魔導士たちがざっと五、六名はいるようだ。
奇妙なのは、その攻撃方法だった。魔導士は、彼ら自身が強力な魔術を行使できる。にもかかわらず、どうして自動小銃を握っているのか。
ぱっと光が煌めいたのが視界に入り、レベッカは慌てて頭を下げた。熱せられたアスファルトに鼻先を押しつける。
その直後、魔導士たちからの銃撃が開始された。
キリリリリリリリン、と甲高い音が響き渡る。銃声に非ざる発砲音だ。
目だけ上げて前方を見遣る。そしてレベッカは我が目を疑った。
自動小銃から放たれていたのは、色とりどりの曳光弾だった。
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