第3話
※
凄まじい銃撃音で、ケレン・ウィーバーは意識を取り戻した。
ひとまず落ち着けるように深呼吸を試みる。だが、砂塵が口内に流れ込んできて上手くいかなかった。
「げほっ! けほっ、けほ……」
僕はどうしたのだろう? 食人獣らしき鳥の群れに襲われ、死んでしまったと思ったのだが。
ああ、そうか。また『魔法』が利いたのだ。そうでもなければ納得できない。魔法がなかったら? それこそ自分のような脆弱な人間が、食人獣の攻撃に耐えられる道理がない。
両手をついて上半身を上げようとして、ケレンはまたもや意識を失いかけた。
「ぶふっ!?」
「しゃがんでろガキ! 死にてえのか!」
そう言って罵倒してきたのは、まだ若い女性だった。自動小銃を手にして、時折オートバイを盾にしながら鳥の群れに銃撃を試みている。
ケレンは自動小銃もオートバイも、生で見たことはなかった。機械仕掛けのマシンは、その全てが失われてしまったと思っていたからだ。まさか現役で働くマシンを目にする日が来るとは。
そこで、第二弾の蹴りがケレンを襲った。
「聞こえなかったのか!? うずくまって後頭部を両手で押さえろ! この鳥共は、てめえを殺すつもりだぞ!」
今更ながら、ケレンはこの女性が自分を守ろうとしていることを悟った。
すでに数羽の鳥の死骸が転がっている。それでいて、女性自身は見事に鳥の攻撃を避け続けている。
そうか。彼女が以前言われていた、村の用心棒か。
そこに考えが至ると、だんだんと今の状況や立場が飲み込めてきた。
自分が真っ先に村の外へ飛び出したこと。
その間に、多くの人々の血飛沫を浴びて真っ赤になってしまったこと。
そして何より、瀕死であろう母を救うために、一大工業都市に向かい、父の消息を掴むこと。
父さんは優秀な科学者なんだ。きっと食人獣たちを追い払い、負傷者を治癒する術を心得ているはず。それこそがケレンの信じることだった。
そんな考えに耽っていたケレンは、今度こそ危うく死にかけた。〇・五秒前に自分の顔があった空間を、薙刀が見事に斬り払ったからだ。
寝そべるようにこれを回避するケレン。地面に横たわったまま視線を巡らせると、より詳細に今の状況が飲み込めてきた。
今薙刀を振るっている女性。味方だということは分かっているが、それにしても強すぎる。
先ほどの自動小銃は左腕に握られ、弾幕を張っている。かなり戦闘慣れしているようだ。
こんな状況において場違いだとは、ケレン自身が最も理解している。
だが、彼女のことをもっと知りたい。
そんな考えが、いつの間にか頭の片隅にこびりついていた。
この人も孤児だった経験があるのだろうか? だとしたら、僕も何かしら学ぶべきことがあるかもしれない。
そこまで脳内を整理したが、女性の体勢が僅かに崩れた。あんな無茶な戦闘をしていては当然だ。
しかし、ケレンには納得がいかなかった。このままでは、自分の代わりにあの女性が鳥たちの餌食になってしまう。僕のせいで。僕なんかを守るために。
そんなことは、絶対に許さない。
ケレンは膝を震わせながらも、ゆっくりと立ち上がった。
そして、大声を張り上げた。
「おい! 食人獣共! 僕は逃げも隠れもしない! すぐにその女性の下から離れろ!」
鳥たちはぱっと目を向けた。まるで示し合わせたかのように、妙に機械的な雰囲気で。
「バッ、馬鹿野郎! 一体何を考えて――」
しかし、その女性の声は呆気なく途絶えることになった。
ケレンの胸元から、碧く鋭い光が発せられたのだ。
その光球は、するりとケレンの胸元から滑り出て彼の両手に収まった。
これを好機と捉えたのか、鳥たちが一斉に飛び上がった。ケレンに向かって、嘴を突き出す。
だが、その鋭利な嘴をもってしても、ケレンには傷一つつけることができなかった。光球から発する光で、鳥たちは押し戻されたからだ。
一方のケレンは目を閉じたまま、穏やかともいえる表情で光球を握り締めている。
「行けっ!」
すると光球に異変があった。高速で回転し始めたのだ。いつの間にか空には暗雲が立ち込め、雷鳴までもが聞こえてくる。
そして轟く、一際大きな落雷。女性が耳を塞いだその時、暗雲の中央に浮かび上がった光球から、何本もの光の筋が見えた。
そして、ズドン。
そんな轟音が何度も繰り返され、鳥たちは一羽、また一羽と撃墜されていった。
※
あっという間だった。ケレンが自ら手を下してからは。
そこかしこから、肉の焼ける不快な臭いが漂ってくる。
またこの臭いか。そう思いながらも、レベッカは一番近くに落ちていた鳥の死骸をブーツの先で引っくり返し、そして驚嘆した。
鳥たちは、的確に心臓を落雷で撃ち抜かれていたのだ。
レベッカは、薬莢がじゃらじゃらと散らばった道を抜け、口に手を当ててじっと鳥の観察を続ける。――つもりだったのだが。
どさり、と音がした。
「ケレン!」
慌てて駆け寄るレベッカ。僅かに少年が頷いてみせたことから、彼女は少年を行方不明者であるケレン・ウィーバーであると判断した。
レベッカは、華奢なケレンの上半身に肩を貸し、ひょいっと支えた。
と、そこまではよかったのだが。
「おうっと!」
レベッカが使用した弾丸の薬莢を踏んでしまい、ケレンはその場でズッコケた。
しかし、それを嘲笑するつもりはレベッカには毛頭なかった。
代わりに気になってきたのはこの言葉だ。ずばり、『魔法』。
遺伝的なものか後天性のものなのかは定かではない。だが、それを使えれば広大な戦闘状況をいっぺんに覆すことが可能となる。百年近く前の大戦争でも、そんな力が行使されたという記録が残っている。
これらの知識は聞きかじったものに過ぎず、眉唾物だとレベッカは思っていた。だが、こうして目の当たりにすると信じざるを得ない。しかも。
「まさか、こんな子供が……?」
レベッカには、余計に信じがたい話だった。だが、事実は事実。受け入れなければ。
もし受け入れないまま戦闘に突入したら、連携が取れずに宝の持ち腐れとなってしまうだろう。
では、レベッカが気にしているのは何なのか。
ずばり、この少年を村に帰すべきかどうかということだ。
「おーい、聞こえるか? お前、ケレン・ウィーバーだな? 皆が心配している。ぐじぐじしてないで、さっさと村へ帰れ」
レベッカの細い瞳に睨みつけられ、しかし食人獣のそれよりはずっとマシか、とケレンは判断した。
それでも、無機質なものに睨まれているようなひんやりとした感覚は健在だ。これが人間の放つ殺気なのか。食人獣よりも思案気味で、それゆえに闇の深そうな。
そこまで分析するのにかかった時間はどれほどだろう。五、六秒程度ではなかったはずだ。
逆に言えば、今目の前にいる女性は、それほど真剣にケレンの言葉を待っているということ。
ケレンはごくりと唾を飲んで、首を左右に振った。
「何故だ? どうして帰らないのか、説明してみろ」
「母さんが……。さっき母さんが狼に襲われて瀕死だから……。だから、父さんのいる工業国に行って、助けてほしいって伝えるんです! 僕には父さんしか頼れる大人がいないし……」
「そうかい」
レベッカは、ずっと見つめていたケレンの頭頂部から目を逸らした。雷雲の過ぎ去った夏晴れの夕陽を見つめ、唇を湿らせる。
もしいつものレベッカだったら、ケレンを気絶させてでも村に連れ帰ったことだろう。
だが、実際は違う。魔法というものを目に焼き付けさせられ、落ち着きのあるケレンの言動を見聞きした今となっては。
それでも、一旦村に戻る必要はある。村長に、改めてケレンの処遇に関する誓約書を書いてもらわなければならない。
沈黙していたケレンの頭をくしゃり、と撫でて、レベッカは言った。
「あたしは一旦村に戻る。ケレン、お前も来い。お前の護衛任務を正式に引き受けなきゃならねえからな」
「えっ、じゃあ……!」
ケレンは初めて、子供らしい期待に満ちた目を見開いた。
「勘違いするなよ、あたしはお前の奴隷でも執事でもない。ただの雇われ用心棒だ。自分の食い扶持は自分で稼げ」
「うん! じゃない、は、はいっ!」
素直なもんだな。自分にもこんな時期があったのだろうか?
自問しつつ、レベッカはメリッサに跨り、後部座席をケレンのためにあかしてやった。
父さん、母さん、か……。贅沢な悩みだぜ、まったく。
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