第12話

それは、母のデータが消えていたのだ。

それは亡くなった時の感情とはまた違い、

最愛の人を自分の手で消してしまったという

非情なものだった。



『う・・・うっ・・・

・・・・・・大切の域を超えてるだろ・・・

ハァ・・・ハァ・・・うぅ・・・』



誠は涙というものがこれほどまで出るのかというほど泣いた。

しかしその涙の理由も出所もはっきりしないものだった。


母が消えてしまったことは誠にとって死を意味するもの。

しかしそれは自分が招いた事でもある。

自分で自分を苦しめる結果を求めたのもまた自分だ。

しかしもっと誠を苦しめたもの・・・

それはメガネの効力はまだ失われていないと言うことだった。

と、言うことは母よりも大切なものがまだあると言うことだ。

それがもはや自分であるということに

誠は得体の知れないものを感じていた。



『人間やはり自分が一番なのか…

そ、それに涙さえも消えないのか・・・

俺は・・・俺は・・・』



そしてもうひとつ苦しめたものは。


『・・・携帯にはユキや友達の名前はまだ残っている・・・。

母よりも大切なんてありえない・・・

ありえないよ。

先輩が大切だった事は気づかなかった。

でももう自分が気づかずにいる大切な人なんていないよ・・・』



母が消えた以上今存在する人は誠にとって大切なものではないと言うことはまず確かのようだ。

ユキ達も、お金もタバコもお気に入りの上着も。自分が大切だと思っていたものが大切じゃなかったとわかった。

そしてまた、大切だと思っていなかったものが今の誠にとっては大切なものだったと。


大切だったものと

大切ではなかったものの2つが

同時に誠を苦しめた。


しかしもう遅かった。

すでに死人のようにうなだれる誠に

もう道はなかった。

思考能力というものはもう役目を終えつつあった。



『…次が最後だろう・・・

どう考えても。

・・・これ以上生きていたって…』



次がメガネの効力が切れる時で、

自分が消える時、

それと同時に終わる時だと。

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