第10話
『この喫茶店は先輩の顔がウロウロして
落ちつかないや。』
『先輩って誰?』
『志村さんだよ~』
『し・む・ら・さん・・・ 先輩?』
『もう~冗談はいいよユキちゃん』
『だって、本当に知らないんだもん!』
ユキは冗談を言うような子ではなかった。
『もう〜。
ユキちゃんが知らないはずなっ…………』
誠は嫌な感じがした。
それは今まで感じたことがないものだった。
血の気が一気に引き、変な寒気が体中に走った。 と、同時に胸の鼓動が飛び出すぐらいの勢いで襲い掛かってきた。
(……もしかして・・・
・・・・・・・・・・・
・・・先輩は……
・・・消えたのか・・・)
心の中でそう呟く言葉はスローモーションでじんわりと誠の心をなぞっていった。
『誠! 誠! ちょっと~大丈夫?』
ユキが叫ぶも誠は顔を下に向け、
目線を下ろし押し黙ったままだ。
少しの間重い沈黙が続き、昼間だというのに誠の周りだけ薄暗い闇の中のようだった。
『い、いや、・・・ごめん・・・
ちょっと・・・また・・・
用事を思い出しちゃった・・・』
その言葉はどこから発せられているのか?
心のどの部分から出てきているのか?
青白い顔で誠はゆっくりとイスから立ち上がり扉に向かい歩き出した。。
『誠⁈ 誠!』
状況は違えど、あの時と同じくユキの叫ぶ声は誠には届かない。
その誠の姿はユキが裸に見えたあの時とは違い、まるで老人かのごとく背を曲げ、生きがいを無くした人間のようだった。
誠はゆっくりと喫茶店の扉を開けた。
「カランカラ~ン♪」
その扉の重たいベル音は、まるで新たな展開への合図を示し笑うかのようにゆっくりと響いた。
家にたどり着くまでの事はまったく覚えていない。誠の心はまた何処かにたどり着く場所を探していた。
家に着くとゆっくりと床に座り、肩を下ろし、ただ部屋に残っている時計だけがカチカチと不気味な音を立てていた。
この時計も誠には大切なものではないのか、いつか消えるのか、はたまた時間と言うものを残し、その中で誠に何かを与えているのか。
そんな中で誠は冷静を通り越した静かな感情に浸かった状態で携帯をポケットから取り出し恐る恐るサ行をたどり始めた。
『・・・ない・・・
やはり先輩のデータがない・・・
・・・そんな・・・
・・・人間も消えると言うのか・・・
契約には確かに大切なものが消えると書いていたがまさか人さえも消えてしまうなて・・・。
そんなの・・・
そんなの殺人じゃないか。
俺は・・・なんてことをしてしまったんだ・・・
自分の欲望のために先輩を・・・』
【人を消してしまった】
様々なものが一気に誠を襲いはじめた。
罪悪感と言うものを通り越し自分でも理解できないほど深く白いものがザーっと被さってきたのだ。
こうなる前にやめる事もできた。
契約には確かにそう書いてあった。
しかしこうなる事がわかるはずもないうえに
やめられないのがまた中毒と言うもの。
そんな地獄のような中で、誠はやめるどころか次なる疑問へと飛行をはじめたのだ。
『でも待てよ。なぜ先輩なんだ?
今まで大切と思ったことがないぞ。
なぜだ?
人間に行くなら、
先輩ではなく・・・
・・・ちょっと待ってくれよ・・・
もしかして俺が大切だと思っていたユキちゃんや友達は俺にとって大切ではないのか?
それよりも口うるさい先輩のほうが俺には大切だったと言うのか?
いや、待て。消えるにも順番があるはずだ』
人間が頭で描く領域をはるかに越えていた。
しかし、大切なものと言う響きの中で誠はもっと恐ろしい答えを出そうとしていた。
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