第30話 意外な事件

 屋敷に辿り着き、食堂に向かうと、丁度ブラックモア夫妻が階段を下り終えた所だった。

「パーシー。朝から何処に行っていたんだい?」

 開かれた食堂へと足を踏み入れながら、スチュアートは尋ねる。

「とっておきの所さ。スチュアート」

 椅子に座り、パーシーは肩を竦めてみせた。

 視線が、一瞬アンソニーへと向けられる。彼は己の仕事を思い出し、コックの持ってきた朝食をサーブした。

「どうぞ」

 3人に食事が行き渡った事を確かめると、アンソニーの合図で一斉に蓋が開かれた。

 貴族の朝食は、女王の時代になり、豪華になった。ガランティンにオムレツ、ケジャリーなどが、一皿に納まっていた。

「美味しそうだね」

 パーシーがうっとりとした声で言った。

「君の家のコックはとても腕が良いからね。楽しい日々を過ごさせて貰ったよ」

 ガランディンをフォークで掬い上げて口に運ぶと、スチュアートは頬笑んだ。

 そう言えば、ブラックモア伯爵夫妻は、今日己の領土に帰るのだ。

「あぁ、そうだね。僕の家のコックは自慢のコックだ。スチュアート」

 幼馴染の親友に向かって、パーシーは答えた。

「とても良い滞在でしたわ。パーシヴァル様」

 イライザが唇を引いた。


 やがて、朝食も終わりに近づく頃。スコットランドヤードがパーシーの屋敷を訪ねてきた。その背後には、ジークローヴ子爵の姿もあった。

「スチュアート、君も共にいてくれ」

 帰り支度を済ませようと客間に向かうスチュアートを、パーシーは呼び止めた。

 こうして、容疑者、パーシヴァル・エルマー・ヒースコート、そのヴァレットのアンソニー・ブルーウッド、そうして第一発見者のスチュアート・ブラックモア、それから、被害者の父、マイケル・ジークローヴ子爵。それと、クロイドン巡査部長とその部下が、玄関ホールに集められた。

「で、パーシヴァル侯。これから何をされるのですか?」

 スコットランドヤードは少しばかり気色ばんで言った。

「犯人がね、判ったのだよ。クロイドン君」


「え!?」


 声を上げたのは、偶々パーシーの背後を通り抜けたキャサリンだった。彼女はすぐに年上のハウスメイドによって、掃除をする部屋へと運ばれていった。


「本当ですかな?」

 気を取り直すように咳払いをして、クロイドン巡査部長はパーシーへと疑いの目を向ける。

「誰かに、容疑を擦り付けようとしているのではなくて?」

「僕がそんな事をする男だと思うかい? 古くからの仲じゃあないか、クロイドン君」

「まぁ、あなたが嘘をつけない正義感がある事は知っておりますがね」

「そう。本当は、昨日のうちに自首を勧めるべきだったのだ。それならば、新たなレディが悲鳴を上げる事はなかった。それだけが後悔だね」

「成る程」

 クロイドン巡査部長は、腕を組んだ。

「それで、犯人は誰なんですかな?」

「話が前後してしまうけれど、グレース殺害事件についてお話しよう。恐らくは、これは犯人の失態から始まっているのだよ。アンジェリカを殺した時、その現場を見られてしまった。そうして、夜再び妹の死を確かめる為に僕の領地内に入った所を犯人に後ろから殴られて気絶した。それから、身体中に油を撒かれ、燃やされた」

 まるでパズルを組み立てて行くかのように出来上がる推理に、アンソニーは瞬きをする事しか出来なかった。

「それから、犯人はアリバイ作りの為に、シーツを割いて、油を染み込ませ細い紐状にして、簡易な導火線を作ったのさ。外に出られる裏口からね。そうすれば、三十分は時間稼ぎが出来るだろう。やがて、焦げ臭さに驚いてやってくるだろう僕達と合流した……そうだろう? スチュアート」

「……なっ」

 スチュアートは驚いたような顔をした。

「何故僕を疑うんだ、パーシー」

「僕も、初めは信じられなかった。けれども、スチュアート。我が家の客間には、それぞれハウスメイド達が判るようにシーツに刺繍が施してあるのだ。それが、この証拠だよ」

 そう言って、パーシーは昨夜拾った焦げたシーツの切れ端を見せた。

「これは、君達の泊まった部屋専用のシーツなのさ」

「たったそれだけの理由で、君は親友を裏切るのか?」

「“親友”だった、さ。今はもう、殺人者として僕は君を見ている」

 そう言ったパーシーの声は、あの夜の低い男の声と似ていた。

「シーツの一切れで、殺人の容疑者にされてたまるか。誰かが僕らの部屋のシーツを密やかに拝借したと言う事だってあるだろう?」

 スチュアートは食い下がる。

「残念ながら、シーツは一枚しかないのだ。スチュアート。君達の泊まった部屋は特に良く利用される部屋でね。去年来た友人が寝煙草で焦がしてしまった。それ以来、シーツは変えていない。それに、アンジェリカが殺された場所に向かう君の影を、アンソニー君が見ているのだ。もう、言い逃れは出来ないよ」

 証拠の焦げた布切れを、パーシーは床に放る。それはすぐに巡査官によって拾い上げられた。

「では、アンジェリカの殺害だ。あの時、僕は君と一緒にいた。どうやって打ち殺す事が出来たのだ?」

「君が、僕が銃を発砲する前に野兎を仕留めたと言っただろう。その時だよ。アンジェリカが殺されたのは。あの時、狩りで僕は3羽の野兎を仕留めた。君は2羽だと言ったね。しかし、ピッカーが持ってきたのは計4羽の野兎だった。残りの1羽は、何処へ行ったのだろうね?」

「……っ」

 スチュアートは拳をわなわなと震わす。まるで、隠し事が見つかった子供のように。それから、

「君が僕を疑っている事は判った。しかし、その前に理由だ。何故僕がアンジェリカとグレースを殺さなければならない」

「——君の舞台で、一度だけイライザがノベライズしていないものがあるだろう。恋に奔放な乙女が、周囲の殿方を振り回す喜劇が。舞台は大成功だったと言うじゃないか。しかし、君はイライザにノベライズを頼まなかった。それは何故か……」

「……まさか」

 ジークローヴ子爵は肩を上下させた。

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