第31話 予想できた終焉
すると、スチュアートは床に膝をついた。そうして、己の顔をその大きな手で覆い、
「アンジェリカ嬢の手記だよ。それが全ての始まりだった……当時、僕は新しい舞台のネタを悩んでいた。そんな時さ。遊び仲間のアンジェリカが、自分の手記を見せて呉れたのは。これ程迄に良い題材はなかった。僕は、彼女に無断で、彼女が今まで遊んできた記録を戯曲にしたためた。それからだよ、僕の人生が狂い始めたのは」
「成る程」
弱者を見下ろすように、パーシーは“親友”に視線を送る。
「舞台を観たアンジェリカは、すぐに僕を強請るようになった。まるでイーストエンドに巣食う乞食のようにね。要求する金額も、段々と増えて、それが、耐えられなかった……! だから、パーシーのカントリーハウスに滞在する予定を立てて、彼女を撃ち殺した。草陰で物音がしたのはその時だった。見れば、アンジェリカの姉、グレースが、恐ろしい眼差しで僕を凝視していた。殺す相手が増えた。そう思ったよ」
「ほう」
潤む声に対して、冷たい声でパーシーが頷いた。
「では、何故僕に罪をなすりつけた?」
「僕は、君が嫌いだったからだよ」
ゆらりと、スチュアートは立ち上がった。そうして、懐から短銃を取り出す。
「危ない! パーシー様!」
アンソニーが手を伸ばした時には、パーシーはスチュアートの腕に抱かれ、銃口を頭に突きつけられていた。戦慄が空間を支配する。
「お終いだね、殿様。いつも君はサロンで話の中心にいた。それを羨む僕など見ていなかっただろう?」
「僕を殺せば、君は自由になるのかい?」
パーシーは問う。
「僕を含めて三人。断頭台に上る事になるのは目に見えているよ?」
「大丈夫さ、パーシー。僕も君を殺したらすぐに死ぬつもりだ。恨み事の言い訳を聞いてあげるよ——おっと、周りは動くなよ? 僕は躊躇わずに引き金を引くからね」
「ここは、僕が説得するしかないと言う事か」
囚われ人は呟いた。
「説得等に動じやしないよ。もう二人殺している。未練も何もない」
「成る程」
パーシーの声は冷静そのものだ。
「恐くないのかい?」
思わず、スチュアートは言葉を紡いでいた。
「未練はあるさ。でも君に殺されるならば、今更嘆く事もない。親友だったからね」
「殺人者、そう呼んだ癖に?」
「あの時はあの時だよ。でも、今言っただろう? “親友だった”とね」
「そうか……」
スチュアートの持つ短銃に力が込められる。
パーシーが、殺される。皆がそう感じた時だった。
「あなた!」
階段の方から声がして、銃声が轟いた。硝子窓が割れる音がする。どうやら、弾は外れた様子だった。
関係者達が顔を上げると、そこには夫の腕を掴み持ち上げたイライザの姿があった。短銃は、床に音を立てて転がった。
パーシーはその間に抜け出し、アンソニーへと駆け寄る。彼の広い背中が、主人を守るように、立ちふさがった。
「もう止めて。誰も悪くないわ。私が止めるべき事だった……」
「イライザ……」
「初めから知っていたわ。アンジェリカ嬢の手記の事も。あなたがあそこ迄ノベライズ化を拒否した。その辺りから、お金遣いが粗くなった。全て感じていた事だった……」
そうして、妻は夫を抱きしめた。
「もう、あなたに罪を犯して欲しくはない……」
彼女は服のポケットから短銃を取り出した。
誰もが予想できた終焉だっただろう。しかし、誰も動く事が出来なかった。
短銃の音が、二発ヒースコート家の玄関に谺した。
一発は、スチュアート・ブラックモア伯爵に。もう一発は、イライザ・ブラックモア伯爵夫人に。二人は、衝撃で半分欠けた頭の儘、玄関に倒れ込んでいた。
「スチュアート……」
パーシーが幼馴染の名を呼んだ。もう、それも届く事はない。
暫く続いた沈黙を破ったのが、クロイドン巡査部長の拍手の音だった。
「誠に素晴らしいですな。パーシヴァル候。あなたの正義が、二人の罪人を片づけた」
「そうかい? 僕は今とても寂しい気分だよ」
「すぐに死体処理班を向かわせます。今回は自殺だ。取り調べも何もない。そうして何よりも、言っておかなければならない事がありましたね」
そうして、クロイドン巡査部長はこうべを垂れて、
「領主のあなたを疑ってしまい、領民として、申し訳ない」
と、謝罪した。
「気にする事はないよ。今回が偶々僕の犯行ではなかった。それだけの話さ」
パーシーは肩を竦める。
「僕は、僕がやった事ならば正直に話すよ?」
「そうですな」
すると、クロイドン巡査部長はアンソニーへと歩み寄り、その耳元で囁いた。
「あなたも、気を付けた方が良い。いつか、あの人の正義に殺される」
「それは、どう言った意味ですか?」
アンソニーは気色ばんだ。
「あの人は、罪を許さない。犯罪等は特に。それが、彼と長年付き合ってきた身での助言ですな」
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