第28話 それぞれの使命
「災難だったな」
ジェイクと同じ煙草を吸うピーターが言った。後で聞けば、とある賭け事でジェイクが負け、ピーターが勝ったと言う。その賭け金の代わりが、この煙草と言う訳だった。キャサリンが出ていった後、食堂にはアンソニーの他、ジェイクとピーター、そうして食器を洗う為に待つエドワードが残っていた。
「何がですか?」
アンソニーは聞いた。
「ジェイクから聞いたぜ? 2度もジークローヴのおっちゃんとやり合ったってな」
「そんな事は……」
「ま、気にしていないのなら良いんだけどよ」
ピーターが身体を伸ばす。
「ヴァレットの仕事を全うした迄ですよ」
アンソニーは苦笑する。己の武勇伝を語る気は、全くなかったからだ。
「で、本当なのか?」
煙の向こうの声が、近付いてくる。
「何が?」
「キャサリンに言っていた事さ。本当に、この殺人事件は終わるのか? パーシー様の容疑は晴れるのかよ」
「犯人の目星はついた。パーシー様はそう仰られていました。とても哀しい事だとも」
「成る程ねぇ……」
話を聞いていたジェイクが腕を組んだ。
「ま、俺達は見守る事しか出来ないからな。パーシー様の推理ショー、明日の昼か夜にでも教えて呉れよ」
「判りました」
食事を食べ終え、アンソニーは頷いた。
すかさず、エドワードが空になった最後の食器を手に取り、
「それでは、僕はこれで失礼します。お休みなさい」
そう言って、食堂から出ていった。これから、使用人分の食器を洗うのだ。大変な作業だろう。
「今、エドワードを哀れに思っただろう」
見透かすように、ピーターが言った。
「彼は彼の仕事をこなす。それで給料を貰っているんだ。気にするこたぁないさ」
「そうですね……」
「あんたはパーシー様の傍にいる。俺はヒースコート邸の書庫の管理をする。あいつは、食器を洗う。全部使命なんだよ」
「彼は、何方かのご子息なのですか?」
ヒースコート邸に勤める使用人は、殆どが先祖代々続いていると聞いていた。それならば、彼のコネクションはいかなるものなのだろう。
すると、ジェイクが煙草を揉み消し、
「ゴールディングと名乗っているが、モーリスさんの養子だよ。子供が出来なかったからね。今更でも遅い気がするけれど、未来のコック長だろうな」
と、言った。
「成る程……」
差し出された意外な答えに、アンソニーは少しばかり戸惑った。
「何だ、知らなかったのか」
ピーターがくつくつと笑った。
「有名なのですか?」
「まぁまぁな。キャサリンは知らないだろうけど……ある程度屋敷に勤めている者なら知っているかもしれねぇな」
「同じ部屋に寝泊まりしているから、モーリスさんの伽役だと思っている使用人もいるだろうしね」
「え?」
これも、意外な言葉だった。
「じゃなきゃ、あんなおっちゃんが結婚していない理由が判るだろう」
懐からスキットルを取り出して、蒸留酒を呷ったピーターが苦笑する。そうして、アンソニーの耳に口を近付けると、
「ソドムの罪は、どの時代もあるものさ」
そう言った。
これは、己がパーシーに抱いている感情と同じものなのだろうか。それが、他の使用人にも、暴かれているのだろうか。
それだけが、ただ不安だった。
「どうしたんだよ、神妙な顔して」
「い、いいえ、何でもありません」
二人の目線にアンソニーは軽くかぶりを振った。やっと築いてきた人間関係を壊す事が怖かったのだ。
己は、とんだ臆病者で、欲しがりで、愚か者だ。
「私は自室に戻ります。今日も、お疲れ様です」
アンソニーはそう言って、席を立つ。
「あぁ、お休み」
仲の良い使用人二人に見送られて、彼は食堂を後にした。
自室に戻ると、靴を脱いで、すぐに寝台へと身を投げる。その時、微かに左手が震えている事に気が付いた。
今日は、緊張する出来事が多かった。それに、己の身体がついてきていないのだろう。起き上がり、サイドテーブルに置いたスキットルの中に入った“アルコール”を流し込んで、再び身を横たえた。
頭を柔らかい枕が包み込む。それに誘われるかのように、深い睡眠と言う闇に堕ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます