第2話 お礼なんていらないよ

 どれくらい殴られ続けただろう。僕がしょうもないプライドで立っているものだから、男たちも燃え上がってしまったようだった。完全にサンドバック状態でしばらくの時間が経過して、


「な、なんだお前……」男たちが自分の拳を抑えて、「なんで……こんなに殴ってるのに……」

「……ヒーロー気取りなもんで……」声がうまく出ない。「……倒れるなんて、ヒーローじゃない……」

「……」なんだか男たちが僕に怯えているようだった。「なんだ……お前……」

「ただの男子高校生ですよ……変なことに首突っ込んだばかりに、入学式にもいけない哀れな高校生です……怒られちゃうじゃないですか……」

「……」男たちも意地になっているようだ。「……教員共に怒られるのが心配か?」

「違いますよ……」あの口うるさい幼馴染に怒られてしまう。「まぁ……僕にもいろいろと悩みのタネってのがありまして……」

「じゃあ……二度と悩みってのができねぇ体にしてやるよ!」


 どんな体なのだろう、と一瞬本気で考えてしまった。しかしなるほど……殺されるってことか。死体になれば悩みがなくなるってことか。


 ……ああ……まさか入学式初日に殺されることになるとは……こんなことなら寝坊せずに入学式に行けばよかった……


 ごめん我が幼馴染。さっそく1人にしてしまう。まぁキミはしっかりものだから僕がいなくても――


「やめなさい!」薄暗い路地裏に、聞き覚えのある声が響いた。「そ、それ以上やったら……許さない! 警察! 呼びます!」


 その声は震えていたが、しっかりと僕の耳にも届いた。


 目を向けると、太陽を背に彼女が立っていた。


「……真一まいち……」


 一文字いちもんじ真一まいち……僕の幼馴染である少女だ。


「なんだぁ?」突然の少女の登場に、男たちはあっけにとられたようだった。「お前……こいつの知り合いか?」

「幼馴染」ちょっと足が震えているように見えるが……「とにかく……やめて。それ以上やったら……」

「どうするんだ? 警察呼ぶか?」

「それもするけど……その前に」真一まいちはちょっと挑発的に笑う。「泣く」

「……は?」

「大声で泣いて……この男性たちに襲われましたって言って回る。そうなったら……困るでしょ?」

「……」真一まいちの脅しは、かなりの効果があったようだ。「……このまま俺たちが逃げれば、見逃してくれるのか?」

「……そうだね。見逃してあげる」

「……しょうがねぇな……」男は仲間たちに、「おい、行くぞ」

「え……でも……」

「続けて殴りたいなら、勝手にやれ。俺は逃げる」


 そうして男は去っていった。困ったように周りを見回していた仲間たちも、パラパラと去っていった。


 人のいない路地裏に、僕と真一まいちだけが残される。


 真一まいちは男たちが視界から消えたことを確認して、僕に駆け寄った。


「また無茶して……」

真一まいち……」真一まいちに一歩踏み出そうとして、「おわ……」


 足がもつれて転びそうになった。地面に転ぶかと思ったら、真一まいちに抱きとめられた。


「……悪い……」

「……いいよ……」

「……真一まいち……入学式は?」

「キミが来ないから抜け出してきたの。また面倒事に首突っ込んでるんだと思って」

「……よくここが、わかったね……」

「ああ……それはね……」真一まいちは室外機の裏に呼びかける。「もう大丈夫。出てきていいよ」


 誰に呼びかけたのかと思ったら、室外機の裏から女子中学生が出てきた。


 なんだか見覚えがあるが……目が霞んでよく見えない。


「あの子が場所を教えてくれたの」

「あの子……?」


 あの子って誰だろう。どっかで見たことある気がするんだけど……


「あ、あの……」女子中学生は僕によってきて、「助けていただいて、ありがとうございました……!」

「え……ああ……」お礼を言われて、ようやく少女を思い出した。「……襲われてた子か……」

「は、はい……」

「……ごめんね……もっと早く助けられたら良かったんだけど……怖かったよね」


 すでに女子中学生は路地裏に無理やり連れ込まれていたようだった。少し服も乱れていたし……相当な恐怖だったと思う。トラウマになる可能性だってある。


「怖かったのは怖かったですけど……助けて、もらったので……大丈夫です」

「そう……」なら良かった。これからトラウマとして蘇る可能性はあるけれど……その治療は僕の役目ではないかもしれない。「……なんかあったら、言ってね。できる限り協力するから……」

「……ありがとうございます……」

「うん。わかったら行きなよ……」

「……すいません……お礼は後日……」

「お礼なんていらないよ。キミが助かったなら、良かった」


 それが本心。お礼が欲しくて助けたわけじゃない。


 この女の子が助かったのなら、それでいい。

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