百円玉のせいで今日も生きている男
呪わしい皺の色
譫言
街路樹の枝に落とし物の鍵が吊り下げられているのを見つけたような、中途半端な善意を見つけたような気にさせられたのは、女がキャラメルをくれたからだ。僕が不貞寝を繰り返した夏の間にポーランドでボランティアをしていたという彼女のお土産の。それを手渡す寸前まで彼女は渋っている風だった、いつかこの人からお返しをもらえるだろうか、と。
僕は人の心が読めるわけじゃない。包装紙に書かれたポーランド語だって読めない。せっかくだから調べてみよう。スマホを手に取る。パスワードが思い出せない。じゃあお前に何ができる。何も何も何も何も。不貞寝の前にキャラメルを舐める以外何も。
フライパンの上に油を注いで、それで? お前は何が続くことを望んでいる。腹を満たした後は? 昼に夜を継いだ後は? 最期を看取るのは誰だ。病室を訪れた孫娘が死に掛けのお前に星座占いをする。おひつじざのあなた、とりかえしのつかないしっぱいをするでしょう。らっきーあいてむはじゅず! あ、これわたしのだ。おじいちゃんはなにざ?
天才の一瞬は凡才の一生。借りてきた伝記のページの縁に怨霊のように取り憑いた染みを拡大解釈して、お前は冷笑癖を満足させる。さて、蛙の家系図を作る仕事に取り掛かろう。模造紙を継ぎ接ぎし、願わくば滋賀を
腹は空いたが、腹が決まった。コイントスに人生の継続と中止を賭けることに。三輪の桜が彫られた表が出れば生き、「平成七年」と書かれた裏が出れば死ぬ。べとつくベッドに身を横たえていればいずれ栄養失調か脱水症状でくたばるだろう。毒を使わずとも上手くやるさ。僕はコインを投げた。裏。試しにもう一度。また裏。もう一度。裏。なるほど僕は死ぬらしい。だけど、お前は僕を看取るまで死ぬほど退屈だろうから昔話でも聞かせよう。自分の宗教と潔癖症で我が子の人生を歪めた女の話を。宝くじ売り場の隣の窓口でガタガタ震えながら小銭を取り出していた男の話を。少女。中年男。女装男子。有名無名の有象無象を言葉の内に蘇らせては沈黙が処刑するのに任せる。唯一の見物人が別の見物人に吠え立てた。「生の価値は暴落した!」。聞き手も負けじと怒鳴り返した。「死の価値も同じく!」。
生の値が五十円まで落ちてしまった以上もう何をやってもその額を超えることができないと開き直り、僕は人間性を
百円玉のせいで今日も生きている男 呪わしい皺の色 @blackriverver
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