第8話 中に人はいない

「ぐへへへへ。綺麗なエルフだぜぇ。あの方に捧げたらさぞお喜びなるだろうなぁ」


 空野さん扮する怪人の強面がエルフに近付く。そこで一瞬撮影を止めてわたしはエルフの目に目薬を差した。


「うん。いい感じ。すぐにスタートするからこのチャンスを逃さないでください」


 映像的には一時停止されていないのでるひあも怪人も微動だにしない。

 手で合図を送ってカメラを再び動かすと怪人のセリフが続いた。


「魔力を失ったエルフに我々を倒す術はない。おとなしく支配されれば、妾くらいにはしてやろう」


「私はあなた方には屈しません! あひる野の自然も人々も私が守ります!」


「口だけが元気だねぇ。活きの良い女は嫌いじゃないぜ。あの方に捧げる前に、味見でもしてやるかな」


「な、なにを……!」


 るひあが纏っているローブを怪人が脱がすと美しい肢体が露わになる。子供向けにしてはやや刺激が強い気がするけど、大人の興味をそそるには多少のお色気シーンは必要だ。


 最近の特撮だってドキっとするシーンが多いし、胸の谷間や太ももはきちんと隠れている。露出は少ないのに見る者の心を奪うのはひとえにエルフが美しいからだ。

 カメラ越しに見ても鼓動が高鳴る。わたしの中にいるおじさんが大興奮だ。


「この外道め!」


 るひあの叫びと同時に彼女の体が光る。一度魔法を使うと同じものはしばらく使えないということで、実際に見るのはわたしも怪人も初めてだ。リハーサルなしのぶっつけ本番。


 本当ならこんな危ない橋は渡りたくないけど、この企画の要であるエルフがそういう体質なんだから仕方がない。嗚咽が漏れるのを必死に堪えて光り輝くエルフの体をカメラで捉え続ける。


「な、なんだこの光は!?」


「あひる野の自然が私に力を与えてくれる。人々を癒す爽やかな風も、一点に集まれば悪を滅ぼす嵐となる。炎が使えずとも、私には自然が味方してくれる!」


「うわああああ!!!!」


 風の魔法で怪人を吹き飛ばすとは聞いていた。どの程度の風かは未知数だけど、熱くない炎みたいに見た目だけでたいしたものじゃないと勝手に解釈して今回のセリフを考えた。


 空野さんにはセリフに合わせてできるだけ後ろに吹き飛んでほしいとお願いしてある。普段はヤル気がなさそうに振る舞っているのに、撮影日が近づくにつれて空野さんの方から打ち合わせを持ち掛けてくれるようになった。

どうすれば映えるやられ方になるか。アクション経験のない空野さんにとって今回の撮影は危険な側面もあるのに全力で取り組んでくれている。


「ぎゃあああああ!!」


 ものすごい覚悟を決めた空野さんも予想以上の飛ばされ方に素の叫び声が出てしまっていた。


 同じ魔法を使って撮影するには来世に託さないといけないくらいの膨大な時間を必要とする。空野さんの覚悟を無駄にしないためにもカメラが余計な音を拾わないように悲鳴を必死に堪えて撮影に専念した。


「これが聖なる風の力です。ありがとう。あひる野の大自然」


「カット! 空野さん大丈夫ですか!?」


 吹き飛ばされた怪人に近寄ると親指をグッと立てた。声は聞こえないけど、この反応を見るに中身は無事みたいだ。


「すみません。こんなに強い風になると思っていなくて。あ、私が起こしたわけじゃないんですけどね。」


「そ、そうでした。すみません。わたしの確認不足で、まさかこんな突風が偶然吹くなんて。あははは」


「いてて……セリフに合わせて吹っ飛ぶつもりが、なんか風に煽られちまった。でも、いい映像は撮れたんじゃないか?」


「はい! いいやられっぷりでした。最後の叫びは素の空野さんになってましたけど」


「マジぃ!? 編集でどうにかならないか? 絶対にバレたくない」


「怪人と言えど命の危険を感じたらあんな声が出るんだな~って思ってくれるんじゃないですかね。むしろいい演技でした!」


 体が痛いのか精神的にダメージを負ってしまったのか怪人改め空野さんは仮面を身に付けたままぐったりと大の字になって天を仰いでいる。


「える子もお疲れ様。ぶっつけ本番なのにすごいね」


「家で何度も練習しましたから。ゲームの時間を削って」


「それでも世間一般の人よりかはゲーム時間長いんだからね? 文句言わない」


「でもまさか涙も出せなくなるなんて……やっぱり衰えてるのかしら」


「いいじゃない。秒で回復するんでしょ?」


「人間にしたら一生分の時間よ。はぁ……レパートリーがどんどん減っていく」


「大丈夫。そんなに撮影のペースは速くないから。しばらくはゲーム三昧の日々を過ごせるよ」


「本当!? MMORPGっていうのをやってみたいのよね。ドワーフになりたい」


「エルフじゃないんだ」


「今の自分と全然違う種族になれるのがゲームの醍醐味よ。ドワーフになるなんて初めてだもの」


「あんまりハマりすぎて家事を忘れないように」


「はーい」


 帽子を目深に被ったエルフは足早に山を下りていく。よっぽどゲームがしたいらしい。


「空野さんも撤収しますよ。仮面を取って、機材をしまうのを手伝ってください」


「イテテ……ごめん。ガチでもう少し休ませて」


 もしかして救急車を呼んだ方がいい? 仮面を付けたままだから表情が見えない分、声から伝わる情報が大きい。さっきまでの威勢がなくなって、このまま放っておいたら死んでしまいそうな雰囲気だ。


「しっかしえる子ちゃん可愛いな~。間近で見たら惚れそうだった。炎上してもいいから手出したい」


「空野さん、そのまま一生ここで寝ててください」


「ウソ! 冗談冗談。もうあんな想いはこりごり。顔も名前も知られない怪人役として一生を終えるから。ちょっと立つの手伝って。このスーツ重いのよ」


「…………」


 時間は掛かってしまうけど一人で機材をしまいながら、先に帰宅したエルフに想いを馳せる。

 涙を流すのにも魔法の力が必要で、わたしが生きている間にはもうその魔法を見ることはない。

 目薬を差さないと泣いてるシーンを撮れないなんて女優としては失格だ。


 ご当地ヒロインるひあに中の「人」はいない。だけど、その周りにはたくさんの「人」がいる。


 夢を壊さない言葉と一緒に、夢を現実にするための言葉。


エルフの周りにたくさんの人がいて、その長い時間の中で楽しいと思ってくれる瞬間を作れたのなら、わたしはきっと満足だ。

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ご当地ヒロインに中の「人」なんていない くにすらのに @knsrnn

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