第7話 燃えるのは慣れてる

 山で撮影した動画にBGMを付けて、最後の花火に過剰なまでのSEを入れてアップした動画は市役所の公式にしてはそれなりの再生数になった。

 炎や花火よりもまず視聴者が反応したのがエルフの美しさ! AIが作った架空の人物説とか売り出し前のアイドル説とかコメント欄で議論が起きている。


 さすがに変な方向で炎上するのはよくないという課長の判断でコメント欄は一旦閉鎖された。


「すごいねこの動画。僕があひるくんを作った時はこんなに盛り上がらなかったよ」


「頭に木が生えたあのアヒルっすか? あひる野市だからアヒルって安直すぎません?」


「無難でいいんだよ。別に売り上げがなくても怒られるわけじゃないし。むしろ売れない方が問題が起きなくて良い」


 わたしは結構好きだったりするあひるくん。空野さんの中では不評らしい。だけどこれはチャンスだ。地域活性課で働く以上、この一言で空野さんを焚き付けられる。


「あひるくんが安直だって思うなら空野さんには独創的な悪役になってもらわないとですね」


「うわぁ、マジかぁ。そうなるかぁ」


「える子と共演したら絶対バズりますって。都心ではできない、田舎だからこそのモテ方だと思いません?」


「別にモテたいわけじゃ……女の方から寄ってきて、みんなに優しくしてたら浮気だなんだの言われてるっていうか」


「うわぁ……」


 思わず正直なリアクションが漏れてしまった。これだからイケメンは。だけどエルフの顔の良さに釣り合うのは市役所内だと空野さんの顔面だけ。同じレベルのイケメン俳優を雇ったら市の予算がいくらあっても足りない。


「ご当地特撮から芸能界デビューするパターンもあるみたいですよ? 顔と演技力を評価されて。空野さんならいけますって!」


「別に芸能界とか興味ないし。絶対ドロドロしてそうじゃん? だから公務員になったのに」


「自分で人間関係をドロドロにしたくせに」


 そうですか。


「あ……」


 思っていることと口に出すべき言葉が逆になってしまった。たぶん事情を知っている人ならみんなわたしと同じ感想を抱くと思う。


「俺だってドロドロにしたくてしたわけじゃねえよ。好意を無下にするのも申し訳ないからみんなに良い顔してたら騒ぎになっただけで」


「なるほど。ますますアイドル向きですね。八方美人でみんなにファンサするなんて最高じゃないですか!」


「公務員がアイドルって絶対炎上するだろ」


「なに言ってるんですか、空野さんは炎上慣れしてるでしょ? 何股公務員がご当地ヒロインの悪役にって絶対話題になるじゃないですか」


「俺をクビにしたいのか? そんな危険な仕事絶対にしない! 人生のピークは過ぎたんだ。残りは片田舎の市役所で地味に定年の日を待つ。課長みたいにな」


 カッコいい顔で最高にダサい発言をしているせいでめちゃくちゃに格好悪い。正義のヒロインに倒される悪役としてこれほどまでの適任はそういない。

 なんとしても空野さんに悪役を引き受けてもらいたい! その想いはどんどん膨れ上がっていく。


「それなら空野さん、せめてスーツアクターだけでも引き受けてもらえませんか?」


「スーツアクター?」


「いわゆる中の人ってやつです。るひあはあの顔を出しまま活動しますけど、悪者はいかにも凶悪そうな被りものとスーツを作って、それを着て動くんです」


「ヒーローショーみたいなやつか。まあ、顔と名前が出ないなら……でも期待はするなよ? 一応高校の時はサッカー部だったけど活躍したわけじゃないし、アクションの経験もない。バク転とかも無理だから」


「大丈夫です。派手なのは全部るひあがやってくれますから。演技もあんまり棒だと困りますけど、素人っぽさもご当地特撮の醍醐味みたいなところがあるので」


「念のため声も作るつもりだ。どこから身バレするかわからないからな。どうだ? こんな感じで」


 無理して低くした声は迫力こそないものの、普段の空野さんとは全く雰囲気が違う。


「結構ヤル気じゃないですか」


「公務員をクビになって一般企業でやっていける自信がないからな」


 カッコいい顔で最高にダサい発言をする空野さんの目は、特撮ファンのわたしからは燃えているように見えた。


 上司の許可、理想のヒロイン、それなりに頑張ってくれそうな悪役。

 あとは頭の中で描いたものをカメラの前で実現するだけ!


 ここまで良い条件が揃っているのに、何の経験もないわたしが成し遂げられるのか、失敗したらクビになるんじゃないかと考えるだけで……。


「おえぇ」


 胃酸が逆流しそうだった。

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