第6話 派手なら都会っぽい

 一発目の動画はエルフと出会った山で撮影することにした。大きな音を出しても迷惑にならないしネタバレの防止にもなる。

 衣装はエルフの私服として買ったものを流用しているので経費は掛かっていない。この洋服代を回収するためにヒロインに抜擢させたわけだけど……当の本人もヤル気みたいだ。


「ねえ里美、本当にこれでいいの? いつもの恰好だけど」


「いいのいいの。清楚な白ワンピに風になびく金髪とリアルなエルフ耳。ビジュアルはこれで完璧! むしろこれから起こることを考えればいかにもなコスプレより私服の方が映えるわ」


「里美がそう言うなら信じるわ。これでゲーム生活を続けられるなら安い物よ」


「大丈夫? 他のエルフに聞かれて落胆されたりしない?」


「前にも言った通りこの山にエルフは私だけ。エルフのイメージが壊れて落胆してるのは今のところ里美だけよ」


「お願いだからこれ以上被害者を増やさないでね。外にいる時は人間が抱く幻想のエルフを演じて」


「オッケーオッケー。ほんの少し前までの私を思い出せばいいんでしょ? 何年エルフやってると思ってるの。自分でもわからないくらい長いのよ?」


 けらけらと笑う姿はすでにわたしが抱いていた幻想とは違っていたけど、本人が楽しそうだから許せてしまう。なぜなら顔が良いから!

 わたしとしてもこんな風に笑っている方が素敵だとは思うけど、これから撮影するのはあくまでもフィクションのご当地ヒロインるひあ。


 視聴者が求めるもの、そしてわたしが思い描く理想のヒロインを演じてもらうのがエルフの仕事だ。


「市役所で見せた余所行きのエルフでお願いね。その方が絶対ウケるから」


「たしかに、人間の男って清楚系? っていうのが好きよね。昔から」


「そんなに昔から? 本能が清楚を求めてるのかしら」


「当時の私は演じてるつもりなんて全然なかったけど、そのせいで殺された仲間がいるから複雑。あ、現代人を恨んではないよ? すっごくすっごく昔の話。今はゲームを作ってくれてありがとうって思ってる」


「人類がゲーム開発をしてなかったら魔法で反逆されてたかもしれないんだ……」


力が弱まっていると言っても何もないところから炎や氷を出せれば人間にとっては脅威だ。明らかに敵意のある外見をしていれば警戒できるけど、見た目だけは清楚系の美人。油断して鼻の下を伸ばしていたら炎で丸焦げに……なんて展開もありえなくはない。


「ところで、本当に魔法を使って平気なの? この耳も誤魔化せてるのかちょっと心配だし」


「大丈夫。エルフが知っている以上に人間の技術は向上してるから、特殊メイクやCGですって言えばみんな納得してくれるはず」


「へー、ゲーム以外にもいろいろ頑張ってるんだ」


「わたしが子供の頃はもう少し作り物っぽくて、これはフィクションなんだなってだんだんとわかってきたよ。でも最近は本当にクオリティが高くて、この歳じゃなかったらずっと騙されてたかも」


「里美は純粋だからね~。山で寝ているエルフを助けちゃうくらい」


「全裸で寝てたら心配するでしょ。性欲魔人に発見されてたらどうなってたか」


「あー、そしたら人間の方が枯れちゃうかも。何度か人間と交わったことがあるんだけど、みんな萎れちゃった」


「…………え? それはどういう」


「二人で仲良く盛り上がった結果、相手が生気を全部出し尽くして、私は私で全部吸い尽くしちゃうのよね。さすがに自制が利かないっていうか。だから人間の男と関わるのはやめたの。もう何百年も前に」


「へ、へぇ……普通に会話するくらいなら大丈夫……よね?」


「それはもちろん平気。だから私が男に襲われても心配いらないわ。むしろ男の方を心配してあげて」


「う、うん。でも話を信じてくれるかな……」


 この人は本物のエルフで生気を吸い尽くされますよ! なんて話を素直に信じる男なら暴漢にはなっていない。これからご当地ヒロインとして世界にその美貌を披露するのをちょっとためらってしまうくらいには恐ろしいことを聞いてしまった。


「時が流れて人間も理性的になったわよね。アイドルっていうの? みんなで一人の女の子を崇めて、誰も独り占めにしないなんて」


「あぁ、うん。テレビに出るような人はそうかも。……裏で一般男性と言う名の社長と付き合ってるけど」


「だからみんなの前に姿を出しても大丈夫そうかなって。里美が私の耳や魔法を誤魔化してくれるから」


「わたし、心配性だからいろいろと最悪の事態を想定するの。だから、うん……調子に乗ってどんどんメディア露出を増やしたりはしないと思う。課長や市長に命じられたら、ちょっとわからないかもだけど」


「里美の家でゲームを続けるには多少の犠牲はいとわないわ。まだクリアしてないゲームがたくさんあるし、ランキングにも載りたいし」


「ゲームをするためにこっちに出稼ぎ来てる廃人みたいなことを言うのね。実際出稼ぎだし」


「そそ、出稼ぎ出稼ぎ。ほら、早く撮影しよ。帰ってゲームしたい」


「ヤル気を出してくれて嬉しいわ。今回は自己紹介動画だから、打ち合わせ通り名前……るひあの方ね、を名乗ったあと、ド派手な魔法を空に打ち上げて。念のため確認するけど見た目だけで本当に燃えたりはしないのよね?」


「前はちゃんと周りを焼き尽くせたんだけどね~。ずっと魔法を使ってなかったし、世界のマナが減ってるから威力がなくなって見かけ倒しになっちゃった」


「その見掛け倒しを最後に使ったのは?」


「うーん……この辺りに戦闘機が飛んでた頃だから八十年くらい前?」


「力が回復して、全盛期ほどじゃなくても炎が出る可能性は?」


「ないない。人間にとっての八十年とエルフにとっての八十年は全然違うもん。秒ってやつ」


 手をパタパタ振りながらエルフは八十年を秒扱いした。本人が秒と言うのなら本当に秒に違いない。おばあちゃんの人生よりも長い年月なんだけな……。


「一応試し打ちしてみようか。ほら、あの河原で。水もあるから」


「オッケー! 本当に見た目だけで音も出ないよ? それでも平気?」


「うん。音はあとでそれっぽいフリー音源を足すから。とにかくCGを外注したら高く付くのをゼロ円にできるようなド派手で都会っぽいやつをお願い!」


「都会っぽいやつ……うーん、あっ! こんなの?」


 エルフが川の流れに向かって手の平を突き出した次の瞬間、虹色の光が解き放たれた。一本一本の光がそれぞれ曲がりながら上昇して、DNAの二重らせん構造みたいに絡み合ったかと思えばまだ一本の光に戻っていく。


 七本ある光のうち、真ん中の緑色だけはどの光ともらせんを組まない。ただ真っすっぐに天を目指す。


「ん……? こっちに……来る?」


 光の先が見えなくなるまで高く上った光が今度はこちらに向かって来た。目の錯覚じゃない。明らかにこの場所をめがけて走っている。


 他の六本の光は踊るように旋回を続けながら一つ一つ合体して、やがて大きな球体へと変貌した。


 緑以外の色が美しく混ざり合ったマーブル模様はいつまでも観察を続けていても飽きない不思議な魅力を放っている。

 空のようで海のようで大地のようで、そして宇宙みたいで。たしかにこの地球上に存在しているのにこの世のものとは思えない神秘的な球体に緑の光が突き刺さった。


 たぶんそれと同時だったと思う。はじけた球体から溢れ出た液状のものがわたしとエルフに覆いかかり、何色とも形容できない不思議な空間に閉じ込められてしまった。


 派手なのに静寂。全ての思考が無になって全身の力が抜けていく。こんなのCGで表現できない。似たような映像は作れても、この魂がゼロになるような感覚は絶対に人間には作れない。


「どう? 整うってやつを表現してみたんだけど」


「…………」


 そこにはエルフの良い顔があった。至近距離でも見ても粗が一つも見当たらない。やっぱりこの顔面は良い。


「ごめん。サウナ行ったことないからわかんない」


「ありゃ、残念。都会っぽさとエルフらしさを融合できたと思ったんだけどな~」


「整うはわからないけど、すごかった。エルフにしか作れない映像になること間違いなしだよ」


「本当!? やった!」


「ものすごく中二心をくすぐられた。これならきっと空野さんも協力してくれるはず。うわぁ、また見たい。見れるんだよね? 撮影してなかったし」


「え、今のはあれで最後。あんなに爆発したのに周り全然燃えてないでしょ? 私の魔法は見かけだけの安心安全なものだってわかってくれた?」


「…………うそでしょ? 魔法で整えてくれるんじゃないの!? あ、わかった! もっとすごいのがあるんでしょ。エルフも人間のお約束を学んだのね。うんうん、一日中ゲームしたり動画を見てるからわたしよりもトレンドを押さえてるんだ。いや~一本取られた。よし、本番いってみよー」


 自堕落なニートでありながらも元来は清楚なエルフだ。あんなにすごい魔法を使えるくらい高貴な存在が俗物の知識を得たらとんでもない化学反応が起こる。

 エルフをご当地ヒロインに起用したわたしの目に狂いはなかった。さあ、それを証明してやりましょう!


 田舎でも素晴らしい特撮が作れる! ただのロケ地に留まらない素敵なエルフがここにいるって世界に知らしめてやりましょう!


「さ、エルフ……いえ、るひあ、まずは自己紹介よ」


 カメラを向けると何か秘密がありそうな神妙な表情へと変わった。そよそよと木々を揺らす風が吹き出したのも神秘的だ。まるでこの山の全てを握っているような荘厳さも醸し出している。


「私はエルフの里に暮らするひあ。あひる野市の自然と人々を守る存在」


 長い耳はもちろん、美しい肌や綺麗な金髪は全て自前。一切の加工や編集を必要としないこの美貌は本人を目の前にするまで信じられないと思う。

 まずは紹介映像から始まって、おいおいリアルイベントが開催された時が本当のスタートだ。


 最初は数人のご当地ヒロインオタクしか来なくても、本物の美しさは人を集める。

 そしてここからが本番だ。さあエルフ! 人間には到底作れない神秘の映像を生み出して!


「今ここに、私の力を示します」


 無言で手から魔法を放つと味気ないので一応それっぽいセリフを用意しておいた。どんな魔法が飛び出すかアパートの一室で試すわけにもいかなったので詠唱を考えるのは断念して、どんな魔法にも合う汎用性の高いセリフだ。


 エルフの手から大きな炎が放たれる。森を焼き付きさんばかりの勢いだけど、よく見ると木は一本も燃えていないし虫も平然と飛んでいる。

 わたしの目やカメラを通した映像にはしっかりと熱い炎が映っているけど実態はない。それはそれで不思議な感覚ではある。


「さっきのと全然違う……」


 マイクに拾われないくらい小さな声でポロっと漏れ出た言葉には不安と疑問が混ざっていた。


 炎をまとったエルフは正義の味方というより人間に復讐を誓った悪役で、自然と人間を守るという言葉と矛盾している。悪者を燃やすならともかく、守ると言った自然を燃やしてるようにしか見えないのは問題だ。


「これが私の力。あひる野の自然と人々に仇をなす存在はこの炎で焼き尽くします」


 教えた覚えのないセリフを感情を込めて堂々と言い放つ。カッコいい! カッコいいけどダークヒーロー路線になってしまっている。

 わたしはもっとこう魔法少女の大人版みたいな、美しさと妖艶さを兼ね添えた大人も子供も楽しめるヒロインにしたいのに!


 エルフが天を仰ぐと森を包んでいた炎が手の平へと戻っていく。炎が圧縮されて球状になったものを空へと放ると花火のように弾けた。

 これだけ派手に爆発しているのに無音なのが不思議なくらいだ。


「カ、カット!」


 清楚な自己紹介からのダークな雰囲気を匂わせつつ最後は派手な花火。最初の自己紹介動画としては尺も十分。思い描いていたものと全然違ったけど一旦撮影を止めた。


「どう? 派手だった? 映えるかな?」


 清楚でもダークでもない無邪気なエルフに対してこんなことを言うのは辛い。でも、企画の発案者としてしっかり確認しなければならないことがある。


「どうしてさっきの魔法と違うの? あまりにも雰囲気が違いすぎる」


「ああ、あれ? 同じ魔法は連発できないよ。爆発しても大丈夫っていうのを里美に確認してもらうために撃っただけだから。今やったテーマは爆発。ほら、芸術は爆発だって有名な言葉あるでしょ?」


「…………まあ、あんまり神秘的だと怪しまれるか。うん、これで良かった。CGで森に炎を重ねるのも、花火を爆発させるのも大変だし、エルフにしか作れない映像だった」


「本当!? じゃあ帰ってゲームする。いいわよね?」


「ちゃんと帽子は被ってね。ご近所さんにも特殊メイクで押し通すのは無理があるから」


「はーい」


 エルフの特徴とも言える長い耳を隠すように帽子を目深に被って揚々と山道を下っていく。子供時代の自分を見ているみたいで微笑ましいと同時に、お母さんが何度も注意した気持ちをようやく理解できた。

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