第4話 清楚だったのに
「おかえり里美。夕飯できてるよ~」
玄関に近付くと美味しそうな匂いがするというのは幸せだ。エルフと出会ったのは一人暮らしを始めてから三日目のホームシックになりかけてた時だったので、社会人デビューしてからは実質一人暮らしをしていない。
「まるで居酒屋ね」
「え~? 仕事終わりは焼き鳥が定番じゃないの?」
「それはおじさん向けの情報よ。まったく、ネットで何を調べてるんだか」
「ごめんごめん。明日から気を付ける」
「あ、ごめん。わたしも言い方が悪かった。実は、こういう方が好き。鶏肉をまとめ買いしたのはわたしだし」
「でも、エルフの食事にしては俗物な感じがするわよね。もうちょっとイメージを考えて作ってみる」
「今更イメージって……初期ならともかく、今は焼き鳥が似合ってるわよ」
「ひどい! 出会った頃はあんなに私の顔を褒めてくれたのに!」
「今でも綺麗だと思ってる。こんな自堕落な生活をして体型も顔の大きさも肌の艶も何も変わらないどころか、なんなら日に日に綺麗になってるのはなんなの!? こっちは毎日ボロボロなのに」
「うふふ。それはエルフの秘密ということで」
小さな顔を両手で挟んでぐりぐりと動かすとその手触りの良さに怒りが収まっていく。顔が良いという一点でわたしの疲れを癒してくれるのだ。
「はぁ……エルフのほっぺたを触るとお腹が空く」
「なにそれ。変なの」
「全裸で寝てたエルフに言われたくないわよ。発見したのがわたしじゃなかったらどうなってたか」
「その恩を返すためにこうして家事をしてるんじゃない。本当に感謝してるわ」
「家事をする以外は自堕落なニートだけどね」
「自宅警備員と呼んでほしいわ。それにニートって三十五歳までみたいよ? わたしは自分の歳なんてわからないくらい長生きしてるからニートじゃないわね。里美よりも先輩なのよ?」
「そんなに長生きしてるなら年齢でマウントを取るな」
「命の恩人にはマウントなんて取りませーん。里美に追い出されたらゲームもできなくなっちゃうし」
今エルフがハマっているのは対戦型のレースゲームだ。最初は操作もおぼつかなかったのにもはやわたしでは歯が立たないレベルまで上達している。山奥で文明に触れずに生活していたとは思えない順応ぶりだ。
「エルフってスマホとかゲームは初めてなんでしょ? なんでそんなにすぐ使えるの? お父さんよりも使いこなしてるかも」
「長年の知識かしらね。ほら、魔法を使うには練習とセンスがいるけどこういう機械って操作方法を覚えるだけじゃない?」
「機械もセンスがいると思うけどね……」
記憶力が悪いだけじゃなくて画面をパッと見た時に直感が働かない。我が家ではお父さんの方がそのセンスに欠けている。会社でちゃんと仕事ができているのか心配になることもあったけど、クビにはなってないので一応大丈夫なんだと思う。
あるいはあの年代の人にはパソコンやタブレットを使わない仕事を回してるのかもしれない。市役所にも職員のIT格差がある。部署が違う人からも若いからという理由だけでタブレットやスマホの相談を何度も受ける。
「ほらほら、ビールも用意してあるよ」
「……ありがと。ねえ、エルフがビールなんて飲んでいいの?」
「ん? 特に決まりはないから平気なんじゃない?」
「最初は恐る恐る飲んでたくせに……エルフも変わるものなのね」
「人間がお酒を飲んでるのは知識として持ってたからね。今までその機会がなかっただけで。いや~、こんなに気持ち良くなるものを飲んでこなかったの人生損してた。やっぱり知識だけじゃなくて体験しないとね」
「わたしはエルフがどんどん俗物になっていくことに恐怖を覚えてるわよ。族長みたいのに怒られたりしない?」
「族長? 大丈夫大丈夫。それ私だから」
「…………は?」
「たぶんその族長って私よ。あの山に他のエルフはいないから。むか~しむかしにみんな狩られて死んじゃった。私はたまたま生き残っただけ」
「え……そんな貴重なエルフなのに全裸で寝てたの? 人間に襲われるかもしれないのに?」
「どうでもよくなったのよ。別に長生きしても意味ないな~って。でも、生きる意味を里美が教えてくれた」
「生きる意味ってお酒とゲーム?」
「そそ。人間の娯楽は素晴らしいわ。いや~、生きててよかった」
「あぁ……エルフのイメージが崩れていく」
「多様性よ多様性。人間の世界では一番大事になんでしょ?」
「たぶん、そういう意味じゃない。まあ、でも良かったわ。人間の世界を気に入ってくれて」
「うんうん。一生ここで暮らす」
エルフの言葉にわたしの目が光った。その発言を待っていた。もう飽きたから帰るなんて言われたら計画は頓挫してしまう。
この部屋で暮らすのならそれなりに稼いでもらわないと困る。安定した収入があると言っても食費が倍になるのは痛い。
その良い顔面を存分に、それでいてエルフであることがバレず、むしろ自然に受け入れてもらえる最高の仕事をわたしは知っている。
「エルフ、明日わたしの職場に来て」
「え? 外に出るの? もしかして売られる?」
「売らないわよ。……うん。売りはしない。ただ一緒に働いてもらうだけ」
「ま、まさか私の体をオークみたいな野蛮な男達に貪らせて」
両腕で隠すことでよりボリュームが増した胸部に思わず視線がいってしまう。脚が綺麗で顔が良くて胸もデカい。このサイズのブラをお店で買うのは悲しくなるのでさすがに通販で買った。
この部屋に連れて帰るのだって、一度森の中にエルフを隠して大きめのワンピースを買って着せたくらいだし。出会った時から出費がかさんでいるのだ。
「エルフにはエルフとして働いてもらう。あひる野市のご当地ヒロイン・るひあの誕生よ!」
事情を理解していないエルフはぽかんと口を開けている。考えても仕方ないと思ったのかビールを飲んで、ぷはぁっとおじさんみたいな息を漏らした。
清楚だったエルフはもういない。でも大丈夫。中身はおじさんでも清楚なヒロインを演じてもらればいいだけだから。
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