第3話 エルフとの出会い

「わぁ! テレビで見たのと同じ景色だ。この辺りに本部があったのよね~」


 一番大好きな特撮ヒーローは、七歳の時に見たレッシャジャーだ。子供達が大人の姿になって悪と戦う姿を見て、自分をあんなヒーローになれると信じていた。

 その想いは年齢を重ねても変わらず、特にレッシャジャーは思い入れが強い。ネットで検索すればいくらでも聖地情報が出てくる。


 この情熱を持っていなければわたしはあひる野市の職員になっていなかったし、ちょうど地域活性課の人員を募集していたのはもはや運命とさえ思ってる。


 面接では市への想いよりもレッシャジャーのすばらしさを熱弁した記憶があるけど、いくら他に応募がなかったとはいえよく受かったなと思う。


「実は何かの間違いでしたなんてことはないわよね……」


 四月からこの地で働くと決めて部屋まで借りてるのに急に梯子を外されても困る。新卒カードはもう使ってしまったし、一般企業への就職なんてわたしには無理だ。


 特撮知識を活かせる職場なんて、それこそ特撮を作っている会社くらいなもので、だけどそこはファンが足を踏み入れていい場所じゃない。

 大好きな特撮は特撮、わたしの夢は夢。似ているけど、そこはちゃんと区別している。


「あぁ、せっかくの聖地巡礼なのにネガティブになる」


 自分のメンタルの弱さに辟易しながら散策してもなかなか気持ちが晴れなかった。木々の間から差し込む光はとても神秘的で、この辺りがエルフの里と呼ばれているのも頷ける。


 耳を澄ませば川のせせらぎや鳥のさえずりも聞こえてきて、エルフが本当にいたとしても驚かないレベルの美しさだ。


「東京にもこんなところがあるんだよね」


 あひる野市が有名になれば、東京がビルと排気ガスにまみれたイメージを払拭できる。きっかけはレッシャジャーだけど、それを抜きにしてもこの美しい自然をアピールしたい。


「それを足掛かりにレッシャジャーの名前が再び盛り上がればスピンオフやアフターストーリーが制作されるかも……むふ」


 どんなに綺麗ごとを並べても最後はレッシャジャーに戻ってきてしまう。こんな私利私欲にまみれた女を採用するくらい人手不足なのか、それとも器量が大きいのか今のところよくわかっていない。


「明日は職場に挨拶か……四月になる前から仕事みたいで気が重い」


 新年度が始まるまであと一週間。わたしの社会人生活が始まるまでのカウントダウンでもある。面接の時の市長は気のいいおじさんという印象だった。もう一人の人事部みたいなおじさんはイヤな感じだったけど、部署が違うからきっと会う機会は少ないはず。


 一番重要なのは配属先の地域活性課の人達だ。せめて同じ課の人だけでも良い人でありますように!


 なんとなく神様が住んでいそうな気がして、どこへともなく手を組んで祈りを捧げた。


「良い出会いがありますように……なんか違うか。まるで彼氏でも探してるみたい」


 あひる野市役所にはあまり若い人がいないと面接の時に言われた。もしかしたら二十代はわたし一人かもしれない。


「お局様にいじめられたり……? うぅ、考えれば考えるほど胃が痛い」


 常に最悪の事態を想定してしまうダメなところ。どんどん思考がネガティブになって勝手に落ち込んでしまう。逆に最悪を想定してたおかげでふたを開けてみれば全然たいしたことなかったっていうことが多かったんだけど……市役所という閉じられた空間で働いた経験がないから全然予想が付かない。


「あーあ、確定で逆転できるってわかってればなぁ」


 特撮ヒーローはピンチに陥った翌週に新しいフォームや武器を手に入れてパワーアップする。子供の頃はそのテンプレを知らずに本当にドキドキしていたものだけど、今では必ずやってくる激熱展開に心が踊る。


「なんかこの辺に変身アイテムとか落ちてないかな~。普段はパワハラに耐える公務員、しかしその正体は影で市民を守るヒーローなのだ! 的な」


 辺りを見てもそんなものは見当たらない。あるのは苔むした岩や色鮮やかな花、怪しげなキノコだ。


「わたしがヒーローはないわね。でも、絶対にご当地ヒーローを作る。わたしがプロデュースする夢のヒーロー。本物の特撮じゃないからこそできる、特撮オタクの夢の果て」


 テレビで放送されるものを作るとなればスポンサーの意向や俳優事務所の力関係など考えるべきことが多い。ご当地ヒーローもそれに近いことはあるにしても、あくまで市が主体。つまり数年後に出世したわたしに決定権がある。


「数年耐えれば夢が叶う。数年耐えれば夢が叶う」


 ぶつぶつと独り言を発しながらさらに散策を進める。気分の浮き沈みが激しい。昔からこうだった。最悪の事態を想定して、その中に希望を見い出して気持ちを持ち直して、でも……と別の最悪が思い浮かんで。


「こんなネガティブなヒーローはイヤだよね。市役所には若い人はいないっていうし、俳優さんとのコネとかも作らなきゃなのかな」


 あひる野市出身の著名人を調べてみたけど芸能関係の仕事をしている人は見つからなかった。ネット情報しか見てないから幅広く探せば当たるのかもしれないけど、今時ネットに情報が載っていない著名人の方が珍しい。

 つまり、市役所の誰かにヒーローの中の人になってもうしかないわけだ。


「わたしが地域活性課の課長になる頃にイケメンの若手が入ってくるといいな」


 もはや運に任せるしかない。さっき神様に素敵な出会いを願ったばかりだ。これからもこのレッシャジャーの聖地で祈り続ければチャンスが訪れるかもしれない。


「念のためもう一度」


 木々の隙間から天を仰ぐと雲一つない青空が視界に飛び込んだ。こんな風にまっさらになったら悩みも不安も何も感じなくなるのに。

 

「っと」


 子供でも歩ける山道とはいえ空を見ながら歩くのはさすがに油断し過ぎていた。小石につまずいて足がもつれる。さすがに転んでしまうことはなかったけど肝が冷えた。


「…………え? 人?」


 つまずいたことで山道への意識が高まった。さっきまで見えていなかったものが視界に入る。綺麗な白い脚が曲がり角の先に見えた。


「大丈夫ですか!?」


 きっと転んでしまっただけ。意識はあるに違いない。早めに救急車を呼べば……って、こんなところまで入ってこれるはずがない。

 わたしが担ぐ? でも脚の長さを見るにわたしよりも大きそう。でも見殺しにはできない。どうか無事でいて。わたしにできることは限られるんだから!


「……うそでしょ?」


 体を覆い隠すようにそびえ立つ岩壁の角を曲がると同性でも見惚れてしまう美女がすやすやと寝息を立てていた。とても穏やかな表情で出血している様子もない。まるでこの山道が自分のベッドとでも言わんばかりに気持ち良さそうに眠っている。


 問題は全裸という点だ。綺麗な脚に見惚れて気付かなかったけどこの距離でようやく裸足だと気付いた。何も身にまとっていない。毛らしい毛は長くてサラサラの金髪とまゆげ、まつげくらいで、あとはつるつるだった。


「さすがに特殊メイクよね。うん」


 一糸まとわぬ姿よりも真っ先にわたしがうそだと思ったのは長い耳だった。世界にはいろいろな民族がいるけど、ここまで耳が尖って長い人はいないと思う。

 それこそファンタジー映画で見るようなエルフに近い。全裸なのにいやらしさよりも神秘さが勝るのも彼女のエルフ感を増している。


「あの、大丈夫ですか?」


 何かの撮影中に事故が起きてそのまま眠ってしまったのかもしれない。全裸なのを考えると、おそらくいかがわしい映像だ。きっとオークに扮した男優も近くにいる。

 出来上がる映像は野蛮な内容かもしれないけど、撮影外ではきっと紳士的な人達に違いない。


 それにこんな美女と比べたらわたしの体なんて貧相も貧相。オーク達もそそられない。だからきっと大丈夫。オーク(仮)のみなさんに彼女を引き渡そう。


「すみませーん。誰かー!」


 声を上げられない彼女に代わって助けを呼んでも、帰ってくるのは鳥の鳴き声だけだった。

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