?日目:もう一回
文芸部を訪れれば、確かにミカン先輩が一人で勉強していた。今日はマナミ先輩もヨザクラ先輩もいないみたいだ。
ミカン先輩は相変わらず顔色が悪そうだった。それなのに、カフェオレを隣に置いて眠らないようにと飲んでいるのだった。
「先輩、倒れちゃいますよ」
「あー、マキさん。来てくれたんだ。何する?」
「ゲームでもしようかなって」
「ゲーム? いいよ! でも、二人だと少ないかな……」
ミカン先輩がそんなことを言った刹那、部屋に陽気な男がやってくる。白髪に赤い目が特徴的な男──
ハヤトは席に着くと、オレも混ぜてくださいよ、と明るく爽やかな声で言った。ちょっとその声が無邪気な弟っぽくて──ミカン先輩は自分の弟を溺愛しているらしい──ますますミカン先輩は悦に入ったのであった。
「よし、やろう! 何のゲームにしようかな……って、何これ?」
「え? 先輩、どうしたんですか?」
「いや、変なアプリが入ってて……何これ、『NO TITLE』?」
ミカン先輩が眉を寄せる。ハヤトは自分のスマートフォンを見ると、本当だ、と呟いた。私もスマートフォンを開いてみれば、確かにそこには白いアイコンの不明なアプリがある。
彼女の黒い双眼に、白の四角い光が入り込む──
私たちはそれを本能的にタップする。そういうふうに仕組まれているからだ。そういうふうに習慣づいているからだ。それが全ての終わりを意味していたとしても。
バチッ、と何かが弾けるような嫌な音がする。ミカン先輩はぐらりと傾き、床に倒れ伏した。私は顔を起こし、ハヤトと視線を合わせた。
──ねぇ、マキ、明日文芸部に行かない?
昨日のハヤトの連絡は、そんなものであった。
「あーあ。やっぱり『もう一回』を願ったんだ……狂ってるよ、マキ」
「お互い様でしょ」
空間に大きなノイズが走る。一面がブルースクリーンになって、謎の文字列が並び出す。そこには椅子も机も黒板も電灯もカーテンも窓も何も無い。しかし、そんな空間に点滅する何かが生まれる。
再構築されていく空間。その中で、ハヤトと私というアダムとイブから、キャラクターたちが生まれていく。黒い闇に覆われた文芸部室が生まれていく。九つの椅子が生まれていく。張り詰めたピアノ線で出来たような空間が生まれていく。
私は期待に胸を高鳴らせ、何も知らないフリをして床に横になった。
──何だよ、これ!
誰かがそう叫ぶ。嗚呼、そうだった、私とハヤト以外は何も知らないんだったっけ? 笑ってしまいそうなのを押さえながら、私は被害者のフリで立ち上がった。
親の望むようになんて生きてやらない。一度知ってしまったら、もう逃れられない。テストで良い点を獲るつまらない日常があるから、最高にスリリングな非日常が際立つのだ。
大好きな文芸部員と、何度でも、何度でも、遊ぼうじゃないか、飽きるまで。飽きたらまた別のゲームを考えよう。きっとそれを外から見ている私も望んでいるのだから。
……でも、もしも誰かに相談していたら、こうはならなかったのかもしれない。つまらない日常でさえも、楽しめたのかもしれない。両親とのことも、先生とのことも、全部全部、誰かに話せたとしたら。ハヤトみたいに、全部吐けたとしたら。私はもっと救われていて、こんな選択なんてしなかったかもしれない。ヨルに話して、このゲームを終わりにしていたかもしれない。
そうやって最低な日常が戻ってきたとしても、ミカン先輩が生きていたとしたら。先輩に相談して、両親を打倒して、確執を葬り去って、ごく普通の女子高生として生きて──そんな未来があったかもしれない。こんな惨劇のことなんて忘れて、またゲーム同好会で遊ぶのだ。それはなんて輝かしくて幸せで、楽しいことだろう。
でもそれでは、愉しくはないのだ、きっと。私はそんな希望を掴まず、絶望に酔いしれることにしたのだ。
『──キャハハ! ようこそ、ヨルの殺人庭園へ!』
ヨルの高笑いが響き渡る。人々はスピーカーを見上げ、その言葉に耳を傾けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます