?日目
?日目:全て元通り
目を開ける。そこは私の、
「今日も遅かったじゃない。勉強でもしてたの?」
「……勉強してたんだよ。テストなら大丈夫だから」
「連絡くらいは寄越しなさいよ。もう、心配させるんだから……」
「私なら大丈夫。心配を私に押し付けないで」
「……マキ?」
母親が眉を顰める。嗚呼、怒った怒った。私は大きく溜め息を吐いてから、吐き捨てるように答えた。
「良い点獲ってくれば良いんでしょ。校則を守れば良いんでしょ。だったら、望みどおりにしてあげるから」
「母親に向かってその口の利き方は無いんじゃないの?」
「──ノンプレイヤーキャラクターのくせに私に口答えしないで!」
母親は凄んだ私に圧倒されたのか、何も言わなくなってしまった。その隙に階段を上がっていった。
それからすぐにスマートフォンを開く。確認しなければならないことがあったからだ。それは、文芸部のグループだ。
確認すれば、所属人数は九人になっている。最後の連絡はミカン先輩によるものだった。
──テスト前なので、部活はお休みです。でも、来たい人は来ても良いですよ。アタシはいます。
次に日時を確認する。確かにテスト前だ。私たちが殺し合いをしていた間も、時間は止まっていない。文芸部はいつもこうで、テスト前になるとミカン先輩が一人で勉強するために教室に残っているのだ。
私はスマートフォンを胸に当て、ほっと息を吐いた。全ては無かったことになっている。文芸部員は生きているし、つまらない日常は帰ってきた!
リリカとウヅキと私が所属するグループにも動きが見られている。リリカとウヅキが数学のテストについて話しているのだった。
──結局テスト範囲、どこまでになったんだっけ?
──六十七ページまでだよ!
私はそのメッセージに、意味の分からないスタンプを返す。すると二人が反応して、何なのそれ、と連絡を寄越してくれるのだった。
帰ってきた日常に、胸が高鳴ってぽかぽかと温かくなる。自然と笑顔になってしまう。母親の冷たい声にも少し弾んだ声を返してしまうくらいには、私は嬉しかった。ご飯だって進んで、母親の機嫌も直った。
嗚呼、愛しのつまらない、クッソつまらない、日常。そして、愛しの文芸部員。明日が楽しみで楽しみで仕方が無くて、さっさと布団に入った。
……寝る前、ハヤトから一件の連絡が入った。私はそれを無視して、目を閉じた。
◆
母親はあんなことがあったのに、今朝も朝ご飯を作って置いていった。全て食べるのはしんどいけれど、母親のご機嫌取りのためだ、残さずに食べなければ。
今日は遅く起きてきた弟が一緒にいた。弟は私を見るなり、目を丸くしてこう言った。
「姉ちゃん、なんか上機嫌だね。テスト前なのに」
「まぁ、ね。それより、あんたはちゃんと勉強したの?」
「うー……してるよ、してる。母さんに怒られないくらいには」
そう言って口を尖らせた弟の顔に、一瞬、ノイズが走った。
弟は慌ててご飯を食べて、足早に家を出ていった。私もその後を追って、悠揚と家を出た。
蒸した鉄の棺桶がやってくる。イヤホンが無いと乗れないような、人混みのゴミ山。彼らは知らない、この世界が作り物であることを。いわば、私たちにとってはオブジェクトのようなものであることを。
一斉に出ていく人の波に呑まれて、駅を出る。駅を出れば、たくさんの学生たちが歩いて学校へと向かっていく。皆馬鹿みたいにつまらない学校に向かっていく。その馬鹿のうちの一人が、私だ。
そして教室に着けば、リリカとウヅキが待っている。ウヅキにしては珍しくノートを開いて、リリカはいつもどおりワークを開いて私を待っていた。
「終わんないの? 課題」
「煽らないでよ。マキは当然終わってるんだろうけどさー……」
「でもマキちゃん、私も終わってないよ」
「そう? 私はもう終わってるから」
「まーたマウント取って……」
三人集まって、定期試験に対する愚痴を言い合う。範囲が広いだとか、課題が多いだとか。そんな日常的な会話が、愛おしくて堪らない。
朝の時間はあっという間で、授業が始まる。私はシャーペンを手に持って、先生の話に耳を傾けた。私は「優等生」なのだから。きっとテストでも良い点を獲って褒められるのだろう。昼休みだって返上で勉強だ。ウヅキが呆れたように、さすが優等生、と呟くのだった。リリカは逆に目を輝かせる。
「優等生じゃないよ、私は」
私はそんなことを言ったけれど、心から思ってる言葉じゃない。私には「優等生」の顔がお似合いだ。
上機嫌にそんなことを答えるのは、こんなに楽しく授業を受けているのは、決して「優等生」と言われるのが嬉しいからじゃない。このあとの文芸部が楽しみだからだ。
「そういえば、文芸部行く?」
「えー……うちは行かない。課題あるし」
「私も行かないかな……」
「──そっか。私は行こうかなって」
「課題終わってる人は違うなー?」
ウヅキにからかわれても、胸の高鳴りに気を取られて何も感じない。ここは怒っておいたほうが良いのだろうか?
リリカは私の顔を覗き込み、ふわっとお花の笑顔を浮かべた。
「マキちゃん、なんか楽しそうだね」
「……まぁね。文芸部、好きだから」
そんな話をしていると、光陰矢の如し、昼休みは終わってしまう。昼食とノートを持って自分の席へと戻っていけば、化学基礎の先生が教室に入ってきた。
彼の体が、一寸、エラーのように歪んだ。
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