七日目:絶望の開花
開票が行われている。たった三人なのに、ヨルは時間をとっているようで、しばらく黙り込んでいた。ヒイラギ君が吐き捨てるように、早くしろよ、と言えば、ヨルは陽気な声で答えた。
『そんなに知りたい? もうちょっと喧嘩するかなぁと思って待ってたんだけど。じゃあ結果発表しちゃおうかー!』
私は胸に手を当てる。もちろん、こうしていれば私が最多票を得た場合、死亡する。スマートフォンを別のところに置いておくのが安全だろう。だが、私はそれをしない。
心臓が今にも破裂しそうだ。息が荒くなる。脂汗が滲む。足先から震えが広がってきて、体中が震える。この吐きそうな緊張感を味わうためだ。
だって、生殺与奪の権を奪われるなんて、とっても刺激的じゃない?
三人が三人、別の祈り方をしている、無風、無音の空間。あるのは静寂だけ。その空間を破るようにして、ヨルが結果を発表した。
『最終日、最多票を集めたのは──ヒイラギソウタ! キミだよ!』
「──は?」
ヒイラギ君が固まる。リリカがきゅっと目を瞑った。
確信する──私の勝ちだ。
ヒイラギ君が立ち上がり、リリカのことを一発殴った。その間も、彼の胸ポケットにはスマートフォンが入っている。痛みに呻き声を上げたリリカに駆け寄り、私は彼を睨み返した。
「暴力なんてサイテー。大人しく負けを認めなよ、裏切り者」
「ご、ごめんなさい……でも、でも、マキちゃんを疑えなくて……!」
「こんなに馬鹿だとは思わなかった! これでお前も死ぬんだよ、皆死ぬんだ! お前のせいでッ!」
「リリカ、大丈夫だよ」
私はそう言ってリリカの背をさすった。ヒイラギ君が今度は私に暴力を振るおうとして、ぴたり、動きを止めた。それから、蹲るようにして倒れ、動かなくなった。最後の希望が、死んだ。
リリカが私に抱きついてくる。わあわあと泣きながら、ごめんね、と何度も繰り返してくる。普段はこういうスキンシップは好きじゃないけれど、今だけは許そうと思えた。だって、これが本当に最期なんだから。
リリカは顔を起こし、希望を宿した光った目で訴えてくる。ようやく絶望から解放されたかのように。
「ヒイラギ君にね、脅されてたの、昨日から。マキちゃんを、カリヤ君を殺さなきゃ、お前を殺すぞ、って……!」
「生徒会に行ってたのも、それが理由?」
「うん……っ、でも私のことを思ってくれたマキちゃんのこと、疑えなくて……!」
「そっか。ありがとう、リリカ」
リリカは最初こそ声を上げて泣いていたが、その声がだんだん弱々しくなってくる。震えも収まってきて、落ち着いてきたのかと思っていた──心音がゆっくりになっていくことを除けば。
ヒュー、ヒュー、と息をして、私に寄りかかる。あれ、どうしてかな、なんて呟いて。
「息が、できない、よ、マキ、ちゃん……っ、胸も、痛いし……っ」
「そうだね、リリカ」
「苦しい、苦しいよ、っ、マキちゃん……!」
「そうだね、リリカ?」
私に救いを求めるように、リリカが見つめてくる。さきほどまであった希望はどこへやら、不安と恐怖で瞳は灰色だ。
そんな顔を見ていれば、自然と涙が込み上げてくる。私の腕の中で、一つの命が終わろうとしている。しかも、私の親友の命が。それはなんて悲しいんだろう。なんて哀しいんだろう。なんて、なんて哀れなんだろう。
がしっ、と私の肩を掴み、リリカは崩れ落ちそうな体を必死に保っていた。そんな彼女の体を、とん、と優しく押し退ける。
「……どうして、笑ってる、の?」
「笑ってなんかないよ」
「……そっか……そうだった、んだ、本当は、マキ、ちゃんが……っ」
リリカが地面に倒れる。口角に指を当ててみれば、確かに上がっていた。愉しんでいたらしい。
それもそのはずだ、だって絶望する顔は堪らなくそそるんだから。どうして気づかなかったんだろう。闘争を求めていたことを。絶望を求めていたことを。人が死んだとしても、これは所詮ゲーム。すぐに生き返るんだから、愉しまなきゃ損じゃないか!
私がクツクツと喉を鳴らして笑っていると、マイクのハウリングが聞こえてきた。ヨルの声だ。
『というわけで、生き残りはただ一人、裏切り者のツクヨミマキでしたー! いやー、最後の舌戦は盛り上がったね!』
「裏切り者なりに上手くやったでしょ?」
『うんうん、ワタシたちも大満足だよ。グッドゲーム! いぇい!』
ヨルがそこにいたのならハイタッチでもしていただろう、私はそれくらい高揚している。それなのに、涙を流している。
自分を犠牲にして死んでいったミカン先輩が。
死を怖がって逃げ出したウヅキが。
カリヤの策にはまって殺されてしまったヨザクラ先輩が。
理由も無く標的にされてしまったマナミ先輩が。
皆のための独裁を行ったカリヤが。
最後まで場をコントロールしたがっていたヒイラギ君が。
そして、何より私の大親友のリリカが。
皆が皆死んでいって、心が張り裂けそうなくらいに悲しい。私は文芸部が大好きだったからだ。これが、これがハヤトの感じていた感情だ。
「嗚呼……これが、絶望……」
教室には私のすすり泣く声だけが響いている。ヨルはちょっと心配そうに私に話しかけてきた。
『えー、もう止めとく? 別にそれでも良いけど……』
「──私は……」
私は涙を拭い、スピーカーを見上げた。ヨルとハヤトは、私の言葉を静かに待っていた。
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