七日目:サイゴの話し合い

 文芸部ではすでにヒイラギ君とリリカが座っていた。リリカは俯いていて、ヒイラギ君は清々しい笑顔を私に向けていた──最終日らしからぬ表情だ。

 いつもならばリリカの隣に座っていたけれど、今日は少し距離を置いて座った。彼女が私を避けているような気がしたからだ。

 しばらく沈黙が続くかと思っていたが、ヒイラギ君がすぐに立ち上がり、話し合いを始めよう、と言った。リリカの肩がびくりと揺れる。ついにヨルの介入無しに話し合いが始まったのだ。


「もうヒントは無いね。俺はカリヤが裏切り者だと思ってたんだけどな……」

「……ヒイラギ君、あんた、私とリリカを残したら不利になるって分かってるの? やっぱり、カリヤをスケープゴートに生きたい裏切り者なんじゃないの?」

「酷いなぁ。そんなこと無いよ。あのままだと君たちは死んでたかもしれないんだよ? あんな横暴な王様のせいでね。だから、むしろ感謝してほしいんだけど……」

「意味分かんないこと言わないで。私目線、裏切り者はあんただよ、ヒイラギ君」


 ヒイラギ君は眉をハの字にして、困ったなぁ、と呟いた。私への返答というより、独り言のようだった。


「まぁ、そうだよね……君はクルミさんを疑わないよね……でも、どうしてそんなに頑なに認めないのかな?」

「それは……リリカを見てれば分かる。人を騙せるような子じゃないよ」


 いや、本当のところは「私が裏切り者だから」なのだ。だが、そんなことは口にできない。

 だとしても、リリカが裏切り者であるかのように彼の目に映っているかというと、そんなことは無いだろう。気弱で流されやすく、素直。表情がころころ変わって分かりやすい。そんな彼女が裏切り者であるように見えるだろうか、いや、見えない。

 私がリリカを庇えば、ヒイラギ君は困り顔のまま、こちらを見た。


「だとするとさ、ツクヨミさんが裏切り者……ってことになるよね」


 来た、と心の中で呟く。そうだ、リリカを対象として外すなら、私が疑われて当然だ。そこをどう言いくるめるか──そこが問題だ。

 リリカがちらりとこちらを見る。戸惑いの目だ、少し揺れている。疑いたくない、とでも言いたいのだろうか。

 私は少し声を張って、反撃を狙う。


「それはヒイラギ君も同じでしょ。自分が裏切り者じゃないって証明はあるの?」

「──あるよ?」

「はぁ?」


 そう言うと、ヒイラギ君はスマートフォンを取り出した。そして写真アプリに移り、一枚の写真を示した。

 そこにはこう書かれていた──あなたは、裏切り者ではありません。


「……まさか、スクリーンショット撮ってたの? そんなこと、できるの?」

「そう、俺は先んじてスクショを撮ってたんだ。逆にそうしないほうが不思議だと思うんだけど……」

「ちょっと、ヨル。このアプリでスクリーンショットなんて撮れるの?」


 私がスピーカーに話しかければ、少し間を置いて返答が返ってきた。ヨルの声は心底困り果てたといった様子で、今までの狂気じみたテンションのものではなかった。


『さぁ……? 撮れるかどうかなんか試してないからなぁ。精巧に作られた偽物じゃない?』

「偽物……」

「偽物なんかじゃないよ。これはヨルが残した機能だ!」


 リリカが呟いた声を打ち消すように、ヒイラギ君が大きな声を出した。

 こんなの、狡すぎる。いや、思いつかなかった私も悪かったが、これではメタ読みができてしまうではないか。そんな設定、ヨルが──私とハヤトがするわけが無い!

 ヒイラギ君の目がぎょろりとこちらを見た。獲物を捉えた肉食動物のような目だ。しかし口だけは笑みを浮かべている。そのアンマッチさが私に恐怖を与えた。


「あるんだよね、証拠。無いなら俺が裏切り者じゃないって決まるけど?」

「あるわけ無いじゃない……! リリカだって無いでしょ?」

「私も、無い……」

「じゃあ君たちのどちらかだ。どちらかが死ねばゲームは終わるんだ!」


 まくし立てるようにヒイラギ君がそう言う。席を立ってこちらへと迫ってきた。やはり背が高いのと男子であるため、カリヤとはまた違った圧力がある。

 そこでなんだけど、と笑って言うくせに、目は少しも笑っていないのだった。


「俺たちはツクヨミさんを処刑しようと思うんだ。そうだよね、クルミさん?」

「ちょっと、どういう意味?」

「……私は……」

「──は?」


 言い淀んだリリカに詰め寄り、冷たい目で見下ろす。リリカは、ひっ、と声を上げ、目に涙を溜めた。明らかに恐怖している。今までカリヤがしていたことを、今はヒイラギ君がしている。

 あの爽やかな笑顔を浮かべたイケメンだった彼が、今では目を血走らせて人を威嚇している。それは、とてもとても──


「そういう話だったよね、クルミさん?」

「わ、私……やっぱ良くないよ、こういうの……」

「じゃあ君が死ぬ?」

「い、嫌だ……」

「──脅すのもいい加減にして。何があったの、リリカ」


 リリカはふるふると震えて首を振った。話せない、とでも言いたいのだろう。だが、この構図を見るだけで何が起きているのかは察しがつく。

 組織票を打ち立てたカリヤのように、ヒイラギ君はリリカを脅し、私に投票させようとしているのだ。そうなれば、私にできることは一つしか無い。

 ……ここからが私の腕の見せどころだ。私は立ち上がり、ヒイラギ君を突き飛ばした。


「……ッ、何だよ……!」

「言わなくていいよ、リリカ」

「ま、マキちゃん……」

「まず私が言いたいのは、さっきの画像はフェイクだったってこと。処刑を避けようとしたウヅキが殺されたくらいだよ、ヨルがそんな簡単な手で私たちを見逃してくれるわけが無い」

「そ、そうだよね。そう……だけど……」


 立ち上がったヒイラギ君が私の胸ぐらを掴み、持ち上げた。息が詰まって苦しい。でも、目線はリリカから離さない。


「それに……! フェイクの画像を作って、リリカを騙そうとしてる裏切り者ってことがあるかもしれないじゃない!」

「五月蝿いッ! 俺はずっとこのときを待ってたんだ。裏切り者を確実に炙り出せる瞬間を!」

「じゃあなんでカリヤを殺したの? 自分が仕切れなくて都合が悪かったからでしょ? それに……あのときだってリリカのこと、脅してたんでしょ!」

「それがどうした? カリヤが怪しかったから処刑した! 次は君を処刑すれば──」

「なんでそんなこと知ってるの? リリカが裏切り者って、どうして思わないの?」


 私がそこまで言えば、ヒイラギ君が私を突き放した。私は椅子に体をぶつけてその場に踞る。やりやがって、痛いじゃないか。

 リリカが私を心配して駆け寄る。それからヒイラギ君を必死に睨みつけた──慣れていないからか、少しも怖くないけれど。

 私も顔を上げ、この横暴な男の重箱の隅をつつくように言葉を浴びせた。


「それは自分が裏切り者だから! リリカは裏切り者じゃないって分かるけど、私がいるから処刑できないって分かってるから! 反論してみたら!?」

「自分が殺されるとなると急に喋るんだね。今までどうして黙ってたの? カリヤが処刑されるくらいからだよね、その鼻につく態度。それとも、髪飾りのことが話されなかったから安心してるの?」

「──ッ、どこでそれを……!」


 ヒイラギ君は鼻を鳴らし、肩を竦めた。自分の席に座り、座り込む私を足を組んで見下ろす。


「ハヤトが死ぬ前にハヤトから教えてもらってたんだ。赤い髪飾りを隠したのはツクヨミさんだって」

「え……マキちゃんが……?」

「この話は絶対に切り札になると思って黙ってたんだけどさ。ヨルが持ってた髪飾りを持ってるのがツクヨミさんだって、ヨルに関係するって証明にならない?」

「う、嘘……?」


 リリカが私から、ぱっ、と離れる。私は心の中で小さく舌打ちをする。

 ハヤトは最低なプレゼントを残しておいてくれたのだ。だから、ヒイラギに気をつけてね、なんて言ったのだ。私を追い詰めて、何が楽しい?

 ……いや、これが愉しい。

 ぶつけた腰をさすりながら、椅子に座る。私は笑みを押し殺し、真面目な顔でヒイラギ君を睨みつけた。


「まさか裏切り者が言ったことを信じてるの? 裏切り者がやりたかったのは、関係しない誰かに矛先を向けさせることだと思うよ?」

「でも、裏切り者は統率がとれてないんだろう? 偶然にも当ててしまった可能性はあるよ?」

「フェイク画像に脅迫にフェイクニュース。裏切り者がやりそうなことじゃない?」

「君は……ッ、これだけ証拠があるのに認めないって言うのか!」


 ヒイラギ君の顔が苛立ちに歪んだ。せっかくの美形なのに勿体無い。だが、それが貴い。もっと怒れ、もっと動揺しろ。その醜さが私の糧になるのだ。

 私がすれば良いことはただ一つ、冷静さを欠かないことだ。そして燃料を投げ込み続ける。それだけで、印象操作ができる!


「せっかくの切り札だったかもしれないけど、言うのが遅すぎだよ。ハヤトが言えなかったのはカリヤに詰められたからだと思うけど……その次の日に言っていれば良かっただけじゃない。カリヤを処刑したのは完全に私情でしょ? 邪魔者を処刑して、場を好きにコントロールできるようになってから、自分の証拠を出して生き延びることを決めた!」

「言わせておけば……ッ!」

「私の論理、間違えてる?」


 思わず嘲笑してしまいそうになる。自分の頭の良さを誇れるなんて、まったく良いゲームだ! 裏切り者の詭弁に圧され、リリカとヒイラギ君は黙り込む。

 独裁なんてさせない。このゲームは多数決だ。本来このゲームは、他人を弁論で引き込んで自分のものにするもののはずだ。組織票なんてつまらない。ランダムなんてつまらない。

 ヒイラギ君が再び立ち上がる。黒い目は細められる一方、瞳孔が大きくなってリリカを逃すまいと睨みつけている。自分の席に戻っていたリリカは、近づかれるのを警戒してか椅子を少し後ろに下げた。


「……分かってるよな? 誰に投票すべきか。ここまで証拠があるのに、まさか俺に投票なんてしないよな!?」

「う、うぅ……でも、マキちゃんの言うことも──」

「……ふざけるなよ。だったらお前を処刑したって良いんだぞッ! だったら、お前が死ね、役立たずッ!」


 私は俯くようにして、両方の口角を上げる。怯えきっているリリカには悪いけれど、彼は暴走していて滑稽だ。裏切り者が誰かなんてどうでも良くて、自分が生き残ることしか考えていない。

 すっかり熟れて絶望した顔をしたリリカに、私はできるだけ甘い声でこう呼びかけた。


「リリカ。リリカが怪しいと思うほうに投票して良いよ。私が選ばれても、恨んだりしないから」


 リリカと目が合う。久々に見たリリカの目は、いつものように煌めいていなくて、絶望のドブ色に染まっていた。

 嗚呼、言いたいことは分かる。私に選ばせるなんて──だろう? でも、こうなったらリリカに選んでもらうしか無い、ヒイラギ君を選ぶか、私を選ぶか。

 リリカは震えるだけで答えを言わない。ヒイラギ君がリリカに手を挙げたところで、それを止めるようにヨルの声が聞こえてきた。


『やだー、男子ってこれだから野蛮でヤんなっちゃう! ワタシもオレも好きじゃないなぁ』

「……チッ、五月蝿いなぁ……」

『そろそろ投票タイムとしようか! 最後の最期、いったい誰が生き延びるんだろうね!? さぁ! 投票画面に移って!』


 スマートフォンの画面が変わり、今では三人しか残されていない顔写真の羅列へと変わった。その他の顔は白黒になって紫のバツがついている。今まで私のために犠牲になってきた悲しい哀しい踏み台たちだ。

 ヒイラギ君は真っ先に投票を終わらせ、スマートフォンを手に貧乏揺すりをしている。私もヒイラギ君に投票をして、スマートフォンを握り締めた。

 リリカはずっとスマートフォンの画面を見たまま固まっていた。リリカの死んだ目に、不幸を呼ぶ白い四角の光が点っていた。

 それでも、震える手でリリカは一人を選んだ。すぐに胸元にスマートフォンを当てて、俯く。


『さて、投票が終わったみたいだね! 泣いても笑ってもこれが最後! さぁ、開票してみよう──』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る