七日目:ツクヨミマキの過去

 ふと、三者面談のときを思い出す。人の良い笑顔を浮かべる先生と、人の良い笑顔を浮かべる母親が見合っていて、私は一人俯いていた。


──いつも月詠ツクヨミさんは良い点を獲っていますね。学習態度も良いし、成績も良いし、文句無しです。


 先生は私を褒める。よく勉強している学生だと、皆にも見習ってほしいと言う。それに対して、母親は上機嫌になって答える。


──マキは優等生ですから。私の手を煩わせたことなんて無いんです。


 母親は私を褒める。良く出来た子供だと、弟にも見習ってほしいと言う。

 先生は知らない。私がいつも「優等生」であることを望まれて育てられたことを。「良い子」であることを望まれて育てられたことを。幼い頃は、父親が手を挙げて私を矯正しようとしていたことさえあったことを。いつもちゃらんぽらんな弟と比べられて生きてきたことを。

 母親は知らない。私がいつも「優等生」であるから先生に頼られてきたことを。「良い子」であると周りに示されてきたことを。クラスの端で本を読んでいるのは私が真面目だからだと誤解されてきたことを。

 私はそれを呑み込んで生きざるを得なかった。真面目になるほか無かった。だって、他人に与えられた役を演じているほうが楽だったし、そうでないといけなかったから。

 物心ついた頃から、私は「優等生」だった。

 私にとって日々とは灰色の雨の連続。他の人たちは燦々と光る太陽の下で遊んでいる。先生に怒られても、キャッキャッと猿みたいに笑い声を上げて聞かずじまい。いちいち萎縮している私が馬鹿らしい。

 そんな日々に刺激をくれるのが、物語であり彼女だった。


──でもそれじゃあ、つまらないでしょ?


 私とちょうど同い年くらいの、少女の一声。

 スマートフォンに目を落とす。もしもこんなデスゲームさえ無ければ、ミカン先輩とハヤト以外にも見せていたであろう、小説の一部を読んでみる。


***


 死屍累々の上、人に座って、彼女はケラケラと笑っていた。足をばたばたと揺らして、愉しそうに。

 死体の周りには様々な凶器が落ちていて、死体同様血生臭さを発していた。ザアザアと降る雨が血を流して、まるで血の洪水みたいになっている。そんな中、雨も差さずに彼女は空を仰いでいた。


──嗚呼、人間ってなんて愚かで面白いんだろう!


 そう言って死体の山から降りると、今度はつまらなそうに口を尖らせる。


──今度は誰で遊ぼうかしら? うーん、そうだな……


 そしてこちらへと近づいてくる。読者である私目がけて歩いてくる。カメラが落ちて、割れて、不気味な笑い声が聞こえてくる。


──次は、キミにしよーっと!


***


 彼女の名前は「ヨル」。人間の愚かしさと美しさを見るのが大好きな、私のお気に入り。ゲームマスターとして、高校生たちを殺し合わせるのが彼女の務め。私を退屈から連れ出してくれた救世主だ。

 私の知っているヨルは、白髪でも赤目でもない、普通の見た目をした少女だ。きっとハヤトと合わせて考えた存在だから、見た目がミックスされていたのだろう。月詠ツクヨミ真紀マキ相原アイハラ隼人ハヤト、合わせて相原アイハラ月詠ツクヨミ、と名付けられたのが、今のヨルだ。

 自分で言うのもなんだけど、ヨルが出てくる物語はとても面白い。ポップでグロテスクで、そして刺激的。私が現実に求めていた非日常そのものだ。鉄の箱に押し込められて、押し出されて、個性もへったくれも無い教室に押し込まれて、面白みの無い授業をして、周りと友人関係でもめて──そんなつまらない日常はどこにも無い。誰もが殺されることに恐怖し、絶望し、発狂する──そんな物語を、誰だって求めているだろう?

 ヨルの物語を読み終えるところで、ちょうど予鈴が鳴った。つまらない日常に戻らなくてはならない。

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