七日目:何のために生き足掻く?
「……はは……マジか……」
私はそんな言葉を呟いていた。モニターの表示は変わり、元のキューブを映す画面に戻った。
ヨルがにこりと笑い、どうだった、と尋ねてくる。目の奥は渦を巻き、口は裂けんばかりに笑んでいる。
「どう? 絶望した? マキが生きてきたのは、ぜーんぶ嘘! 嘘、嘘なんだよ!? 皆だって偽物だったんだ!」
「……いや、それがさ……絶望なんかしてないんだよね」
私の言葉に、ヨルはきょとんとした顔をする。私は大きな溜め息を吐くと、近くにあったテーブルに座った。
「ゲームを止めてほしいと思ってここに来たんだよ、私」
「へー。マキなりの正義感だったんだ」
「でもさ、私を作った人──私自身はゲームを続けてほしいと思ってる。だったら私にできることなんて一つじゃない?」
「……それもそっか。オレにできることはある?」
「ううん。『死者は死者らしく引っ込んでて』……って言うと強すぎるかな?」
ハヤトが私の言葉に腹を抱えて笑う。そんなに面白いことを言ったつもりは無いけれど、ハヤトはいつだってオーバーリアクションだ。
ヨルは肘掛けに肘をつき、私のほうを見て妖艶に微笑んだ。
「じゃあ、マキに期待して良いってこと?」
「まぁ、私は一般人だから? それなりに死にたくないし、それなりに生き延びようと思うよ? だから……そんなに面白いことにならないかもしれないけど、やるだけやってみるよ」
そう、絶望するどころか、私の心中は凪いでいた。やるべきことが明確になって、それに集中すれば良い。今まで抱えていた不安が吹き飛んで、肩が軽くなった気がする。
だって、これはゲームなんだから。人が簡単に死ぬように、人が簡単に生き返るのだから。たとえ私が生き抜いても、孤独になることは無いのだから。ヨルに頼めば、ちゃんと日常が帰ってくる。私はただ、ゲームに勝利するために生き足掻けば良い。
ハヤトはヨルの隣に立つ。こうして見ると、ハヤトはヨルの執事のようだ。
「じゃあ、マキ、また後で」
「うん。ヨルをよろしく」
ヨルに手を振れば、ヨルは人の良い笑顔で手を振り返した。私はドアノブを握り締め、捻った。外には、私が元来た廊下があった。
廊下を出て、スマートフォンを確認する。時間はかかっていないようだ。私は軽い足取りで教室へと戻った。
教室にはリリカがいた。ぼーっとしていて、何かを考えているようだ。私がその隣に座りに行けば、リリカはこちらを見るなり目を逸らした。
昨日の一件で合わせる顔も無いのだろうか。私は気にせず優しい声で、おはよう、と言った。
「お、おはよう……」
「そういえば、今日は生徒会があったんだっけ。ヒイラギ君、何か言ってた?」
「え、いや……何も無かったよ」
ヒイラギ君もリリカも同じ生徒会に所属している。だから話す機会もあっただろう。だが、この反応は芳しくない。私に何かを隠しているようだ。
無理に聞き出すことも無いし、そちらのほうが不自然だ。今は普通に学校生活のターンなのだから。
リリカは、そうだ、と言ってから話を付け足した。
「その、生徒会で呼ばれてるから、昼間はいないから」
「そっか、分かった」
リリカは、ありがとう、と消え入りそうな声で言ってから、当たり障りのない会話を試みてきた。彼女自身、今日がサイゴの日になることを意識しているのだろうか。ともすれば、昼食の時間は最後の晩餐になるということか。そんな大切な時間を、一人で過ごすことになる。それも悪くないだろう。
授業の予鈴が鳴る。私は元の席に戻り、元の退屈な授業を受けることにした。刺激の無い、つまらない、面白みにかける、そんな日常があってこそ、非日常というものは存在するのだ。
先生が入ってくる。日誌を置いた途端、一瞬だけ教壇がブレ、零と一が見えたような気がした。
◆
昼の時間になって、リリカを見送ると、私は一人文芸部に向かった。四階の空き教室を乗っ取って、部誌のバックナンバーを並べていたり、コピー用紙やステープラーを置いたりしているだけの地味な部屋だ。でも、ここにはたくさんの思い出がある。
初めて訪れたとき、ミカン先輩とヨザクラ先輩、マナミ先輩が絶妙なバランスで噛み合って、変な話をしていたこと。ほとんど同時に入部したハヤトとは、最初はあまり上手く話せなかったこと。それでも、ミカン先輩が間を取り持ってくれたこと。しばらくしてヨザクラ先輩とマナミ先輩が作品だけ投稿する幽霊部員となってからは、ミカン先輩と私とハヤトで話すことも増えていったこと。
そうしているうちに、同じく幽霊部員として、二人の生徒会員がやってきた。それがリリカとヒイラギ君だった。ミカン先輩が、まるで二人をお姫様と王子様かのように扱っていて、二人が引いていたのも懐かしい。
最後に二人の幼なじみがやってきた。ウヅキもカリヤも性格に難があると思うけれど、ミカン先輩の下ではそんなのは関係無かった。そうして九人集まったところで、ゲーム同好会として始まったのだった。
大きな教壇の中には、隠すようにカードゲームの類が入っている。人が集まるとゲームをしだすのが文芸部の悪い癖だったか。ミカン先輩はすぐに嘘をつくし、ヨザクラ先輩とマナミ先輩は寡黙気味、私も話を聴くほうが得意なので黙っていることが多かった。芝居がかった様子で話すハヤト、言いくるめられて騙されるリリカ、話を纏めたがるカリヤ、それを抑えるヒイラギ君、最後にあんまりやる気が無いウヅキ。もしこれがデスゲームではなかったら、こんな光景が見られていたのかもしれない。
私はゲーム同好会が大好きだ。でもそれと同じくらい、文芸部が好きだ。
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