四日目:決裂する前は
目を覚ます。悲しいかな、もうこの悪夢じみた現実には慣れてしまって、心臓が高鳴ることも無い。ただ後味の悪い感覚が口に残っているだけだ。
スマートフォンを確認してみれば、やはりグループからマナミ先輩の姿が消えている。これで私たちの先輩が全員消えてしまった。今部長になっているのは誰なのだろうか。残すところあと五人だ。あと何日生きられるだろうか。いや、生き延びなければならない、私は皆のために死ねるほど大きな器の持ち主ではないのだから。
下に降りていけば、母親と蜂合わせる。母親は私のことをじろじろと見たあと、こう言った。
「今日は元気そうね。勉強は進んでる?」
「……うん。元気だよ。勉強も進んでる」
「そう。それにしても、やっぱり最近遅いんじゃない? テスト前なんだから真っ直ぐ帰ってきなさい」
「うん」
そんなことを言ったって、帰り時間を操ることなんてできないのに。だからって何て反論して良いかも分からない。
私は黙ったまま、リビングへと向かった。今日も夕飯が待っている。だが、不思議とお腹が鳴ったのだった。嗚呼、もう人の死には慣れてしまったらしい。弟の隣で食事をとる。よく思えば、母親の料理が不味かったことは無い。けれど、今日は特に美味しく感じた。最近美味しいご飯を食べていなかったからだろうか。
箸を進めながら、マナミ先輩のことを考える。成果物を出したことは無かったけれど、ミカン先輩のツッコミ役として私たちを笑わせてくれていた。しかし、ヨザクラ先輩同様、圧しには弱くてこうして処刑されてしまった。きっとリリカも圧しが弱いから、このまま狙われてしまうだろう。
カリヤが唱えた組織票という方法。多数決で多数をとることで、自分の思いどおりに結果を操る方法だ。手を組んでいる人たちは生存が約束される。梯子を外されたリリカは明日の標的となってしまった。だが、リリカが殺されたところで、次に狙われるのは私だ。なにせ、男子たちは三人とも生きているのだから。
私が思うに、裏切り者は必ず男子三人の中にいる。リリカが裏切り者なんてとてもじゃないけれど思えない。だから、私を狙ったあとに今度は自分たちを疑わねばならなくなるだろう。
なら、それを早めて、組織票という作戦を壊せばどうだ? 少数派のリリカと私が生き残るには、それしか無い。
そこまで纏まったところで、食事を終える。ごちそうさま、を言って立ち上がって、自室へと戻った。
◆
「どうしてこうなったんだろう……」
私は一人、部屋でそんなことを呟いていた。
なんとなく眠れなくて、最新号の部誌をぺらぺらと捲りながら見返す。普段は幽霊部員のメンバーも提出しているから、部誌はそれなりの厚さがある。その中でも異彩を放っていたのはきっとカリヤだろう。
カリヤは、純文学だらけの部誌の中で唯一ライトノベル風の物語を書き続けていた。きっと誰にもその良さが理解されないだろうに、きっちり毎回期限を守って提出してくるのだ。
私は最初、彼とその友人・ヒイラギ君のことを避けていた。なんとなく、男子というのは近づきづらい。ハヤトのようなコミュ力の高い人ならまだしも、二人はいつも二人でやってきて二人で会話しているような人だ。
だが、そんな状態を打ち破り、今の──いや、前の状態にまで持ち込んだのがミカン先輩だった。
──二人もゲームやろうよ。得意だべ?
実のところ──いや、このゲームで明らかになっているけど──カリヤはかなりゲームに強い。きっと私なんかより頭が回るのだろう。
カリヤが皆を言いくるめていくのはなかなかに面白かった。ミカン先輩が戯けて嘘をつくたび、カリヤが正論で突っ込み、その企みを挫くのがいつもの流れとなっていた。
ヒイラギ君はその側近というか、窘める役をしていたと思う。カリヤの正論はときどき鋭すぎて人を傷つけかねないからだ。
──そこまで言ったら言いすぎじゃない?
そんなことを爽やかな笑顔のままカリヤに言えるなんて、二人には相当な信頼関係があるようだ。カリヤもカリヤで、その言葉を聞くと静かになったものだ。
カリヤはカリヤなりに頭を働かせ、自分が生き残る術を見つけて見せたのだろう。そして、真っ先にヒイラギ君に相談したのではないだろうか。彼は彼なりに、自分の相方を信用しているのだろう。
事実、カリヤはヒイラギ君のことになると過度に心配性になったり、構ったりしていた。ゲームだけではなくて、実生活でもだ。
──ヒイラギ、お前そんなんだからすぐ騙されんだぞ。もうちょっと考えてから言えよ。
──カリヤほど頭が良くないんだよ、俺は……
──お前は頭良いだろ。
そんな会話を聞いたのは、人狼ゲームでミカン先輩が見事全員を騙しきって単独で勝利したときだったか。ヒイラギ君はどこか優しすぎて騙されやすいところがあるように見えるから、カリヤはそれを心配していたのだろう。
私はそんな姿を見るうちに、この二人を、面白いコンビだと思うようになった。ミカン先輩が輪に入れて遊び出すと、私も参加するようになっていった。ウヅキも、リリカも、私にならって仲間意識を持ち始めた。
そう考えると、今カリヤたちといがみ合っているのが虚しい。ウヅキだってリリカだって、ヨザクラ先輩だってマナミ先輩だって、彼らのことを仲間だと、文芸部の一員だと思って関わっていたのに。
そう思いながら、部誌を閉じた。それから、はっ、と気づいて冊子を見返した。
……もしかしたら。もしかしたら、カリヤが冊子からアイデアを得たのだから、部誌を読んでみれば良いのではないか? 今みたいに、何かを思い出せるかもしれない。
そうと決まれば、寝られないと言っている場合ではない。部誌を机の上に置いて、ベッドに潜った。
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