四日目:絶対王政
授業が終わっても、リリカが失踪することは無かった。彼女は私のほうを見ると、こくん、と強く頷いた。
「文芸部に行こう」
私も頷いて、教室を出た。
道中、リリカが私に話しかけてくる。彼女は申し訳無さそうな顔をして、私の顔を覗き込んだ。
「ずっと迷惑かけちゃってごめんね……」
「ううん、気にしないで」
「でも、ちゃんと立ち向かう勇気が出てきたの。早く裏切り者を処刑して、生き延びるんだって……」
「……そうだね、頑張ろう」
リリカの笑みは弱々しい。それでも、確かにその黒目には光が灯っていた。
だからこそ、胸が痛い。あんたの処刑したい裏切り者は、目の前にいるんだ。どちらかは生きて、どちらかは死ななければならないんだ。
それでも、私にできることは、リリカをできるだけ生き延びさせることだけだ。
文芸部に辿り着く。扉を開ければ、ブツッ、と音がして、辺りの光景が変わる。ヨザクラ先輩無き今、取り残されているのは、スマートフォンの画面を食い入る様に見ている──オフラインゲームでもしているのだろう──マナミ先輩だ。三人の男子たちは椅子へすでに座っている。空席は三つ。マナミ先輩の両隣は空いてしまっていた。
マナミ先輩が顔を上げる。私たちが座ると、スマートフォンを机に置いて、集まったねー、と言った。
「……ナナコちゃん、裏切り者じゃなかったねー。次は、誰を選ぶの?」
「マナミ先輩。多数決のゲームで、勝つ方法は何だと思います?」
「え……逆に、カリヤ君は何だと思うの?」
カリヤは、ばっ、と立ち上がり、腕を組んだ。リリカとマナミ先輩が目を丸くしてそちらを見る。彼が得意げに言いたいのは、マナミ先輩にとっては絶望を与える言葉だ。私はそれを止めることはできない。マナミ先輩は、リリカを守るために選ばれてしまったのだから。
「必勝法がね、あるんですよ。組織票を作るっていう」
「……あー、なる、ほどね……それで、誰かを選ぶ、ってことねー……」
「その時点で話に入ってないってことは、先輩は梯子を外されたってことです」
梯子を外す。意味は、仲間を裏切り孤立させるということ。まるで裏切り者がするような所業に、マナミ先輩は顔を曇らせた。
リリカが俯く。何か言うことさえできないようだ。ここで何かを言えば、次にロックオンされるのはリリカだ。カタカタと震えて怯えている。あまりにも可哀想だ。
「話し合いは終わりです。今日の処刑先はマナミ先輩で決定なんで」
「で、でも、あたし裏切り者じゃないよ? ヨルって名前にも関係無いしー……ナナコちゃんだって裏切り者じゃなかったんだよ?」
「そういう問題じゃないんです、カリヤは。単純にオレたちが死にたくないから別の人を標的にするって言ってるんですよ」
「おい、ハヤト──」
「ホント醜いですよね。だから、恨むならカリヤにしてくださいね?」
「お前……ッ!」
「無駄な争いなんて嫌だなー、いちいちキレ散らかすのもどうかと思うし」
「ふざけんなよ、お前を選んでも良いんだからな!」
カリヤがハヤトの胸ぐらを掴む。ハヤトは口角を下げ、はぁ、と長い溜め息を吐いた。赤い瞳がつやりと冷たく光った。
「オレ、こういうの嫌なんだけどな……」
「だったら煽らなきゃ良いだけの話でしょ」
私の言葉に、ハヤトは、同感だね、と言って緩くカリヤの体を退けた。
リリカがそんなやりとりを見てか、小さく、おかしいよ、と呟いた。カリヤが声を出して威嚇する。
「なんでだよ」
「だってマナミ先輩は何も悪くないんだよ!? なんで殺されなきゃいけないの!?」
「……確かにあたしは、悪くないけど……でも、今さら……」
「マナミ先輩は何か無いんですか!? 自分を殺しても意味無いとか、自分を殺したら悪いことがあるとか……!」
「……ゲームだったら、あったかもしれないけど……無いよ、何も……」
マナミ先輩の言葉には覇気が無かった。ただ、思い詰めて、鈍色の絶望した顔をしている。もう何をやっても駄目だ──そう言いたげだ。
それを見て悲しげな顔をしたリリカは、今度はハヤトたちのほうを見た。唇が震えている。
「じゃあ、なんで皆それを見過ごしてるの!? 人が死ぬんだよ!? どうしてそこまで冷静でいられるの!?」
「冷静じゃないからだよ」
ヒイラギ君の声色がひやり、背中を撫ぜた。低く、凍てついた声だった。彼の吊った目に、光は無かった。リリカが怖がるように、ひっ、と声を上げる。
「皆死にたくないからカリヤの言葉に縋ってる。俺もそう、ハヤトもそう、そしてマキも……」
「マキ、ちゃん……?」
「……ごめん、リリカ。私もカリヤに従う。死にたくないし、それに──」
「そう……そうなんだね……私は、カリヤ君に投票するよ……マナミ先輩も、きっとそうしますよね……?」
リリカの声には、濡烏色の失望が滲んでいた。ぞくりと鳥肌が立つ。嗚呼、私は、リリカを守るために、リリカの信頼を損なってしまった。今のリリカには何を言っても無駄だろう。
失望、絶望、そして生存欲。嫌なものが混じり合った空気は、吸い込みづらくて、苦しくなる。誰もの言葉が重々しく、呑み込めない。ここにいるだけで地獄のようだった。
私たちがそれ以上言葉を紡げないでいると、そんな空気を打ち壊すようにして、ヨルの言葉がアナウンスされた。
『煮詰まったかな? それじゃあ、話し合いタイムしゅーりょー! 今から投票に入ります!』
画面が投票画面に切り替わる。ヨザクラ先輩の顔にも、大きな紫色のバツが描かれている。私が選ぼうとしたマナミ先輩の下には、カリヤの顔が表示されていた。
私はふと、そこで思い至る。もしもここでカリヤの顔を押したらどうなるのだろう。カリヤとマナミ先輩を選ぶ人が同数になったら、二人とも殺されるか、もしくは他のゲームでもそうであるように、決選投票みたいなものが行われるのだろうか。それは面白そうだ、と考えが至って、止まる。自分は何を考えているんだ? 今裏切ったって、私が裏切ったのはバレバレだ。
リリカのほうを見る。リリカは真剣な顔をして、スマートフォンを胸に当てていた。彼女はカリヤに入れたのだろう。
心の中でもう一度、ごめんなさい、と、マナミ先輩に、リリカに向けて謝りながら、ボタンをタップした。
程無くして、ヨルの声が聞こえてくる。マナミ先輩はぐったりと項垂れ、リリカは、きっ、と前を見据え、そのときを待っていた。
『最多票を獲得したのは──マナミアヤネでしたー! それじゃあ、処刑いってみよう!』
マナミ先輩の体が一度反ったかと思うと、まるで電源を切られたかのように彼女の体から力が抜け、地面に倒れ伏した。もう彼女に駆け寄る人はいない。リリカが、やっぱり、と呟いた。
『キミたちもずいぶんと薄情になってきたね。でも……マナミアヤネは、裏切り者じゃないよ!』
床に落ちているスマートフォンの画面にも、確かに「残念! 裏切り者ではありませんでした!」と書かれている。それを確認すると、カリヤは立ち上がり、ずんずんと距離を詰めてリリカのほうへと向かった。すかさず間に入れば、カリヤは片目を細めてこう言った。
「分かってるよな、クルミ。明日はお前が処刑だからな」
「脅さないで。クルミが怖がってるでしょ」
「言っとくけど、お前に拒否権は無いからな。死にたくないって言ったのはお前だぞ」
早口にそう言うと、カリヤは数歩下がって友人たちのほうへと戻っていった。リリカが、あの、とか細い声で言う。
「ごめん、マキちゃん……明日は、一人にしてほしい……」
驚くことは無い、当然のことだ。私は頷き、彼女から離れることしかできなかった。
裏切り合い、梯子を外した私たちに会話は無い。独裁者・カリヤの前で文句を言うこともできない。意識が薄れゆく中、なぜだか、弟が言ってくれた言葉が頭を過った。
──アレだよね、途中で組織が壊れて上手くいかなくなるやつ。
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