三日目:組織票の意味

 また、自宅の前に立っている。まるで何も無く、普通に帰ってきたかのように。

 ハヤトの言っていた言葉に、胸が痛んで動悸がする。組織票? つまり、どういうことだ?

 組織票とはつまり、誰かが組んでいるということ。そうして、投票の結果を握っているということ。


「──まさか」


 思い至った。だが、それだけでは上手くいかないところもある。その法則が、崩れようとしている。

 これを思いついたのはカリヤだろう、そして与しているのは男子二人だ。今の残り人数は、六人だ。過半数の票を持っていることになる。あとは誰かを誘導してしまえば──カリヤの独裁が始まる。

 思わず苦笑いが溢れてしまった。カリヤはそうまでして死にたくないのだ。裏切り者がいるかどうかなんて、関係無い。もしもヒイラギ君とハヤトが裏切り者だったらどうするつもりなのだろう。いや、実際は私が裏切り者なのだが……

 一番裏切り者以外にとってマズいのは、カリヤが裏切り者である場合だ。彼の一声で裏切り者以外が殺されていくとしたら? だとすると、手を組んでいる中に裏切り者がいる可能性もある。

 私が死なないためにできることは一つだ。反逆するのではなく、むしろ反対に一度は賛同するしか無い。

 このゲームは多数決で人が死ぬ、そういうゲームなのだから。


「マキ? 夕飯出来てるけど?」


 母親の声がかかる。食べろ、ということらしい。私はおとなしく降りていった。

 そこには珍しく早く帰ってきたらしい父親も待っていた。緊張感が増す。何も言わないがゆえにその空気は変わらない。私の、おかえりなさい、の一言にも返事は無い。いつもは口の減らない弟も、父親の前では黙りっぱなしだ。

 あまりお腹は空いていないけれど、残さず食べなくてはいけない。そうでないと、余計な心配をかけてしまうから。

 母親が私に話しかけてくる。今日もテストの話だ。シワの出来た顔にさらにシワを刻んで、顔を顰める。


「昨日、誰かと話してたでしょう。ちゃんとテスト勉強してるの?」

「ちょ、ちょっとだけね。テスト範囲のこと聞かれたから……」

「悠長だな」


 父親の一言で場の雰囲気が凍る。この圧力が堪らなく嫌だ。いっそここがデスゲームの会場だったら、もっと上手く言い返せるのに──あれ、どうして私はそんなことを考えているのだろう?

 ごめん、と言って、私は黙って食事を終えた。弟はまだ下の部屋に残っている、何を言われているのか想像するだけで恐ろしい。

 自室に戻ってスマートフォンを確認すれば、リリカとハヤトから連絡がやってきていた。リリカのほうは、ハヤトの言った意味を推し量るものだった。


──組織票ってどういうことだろう。私たちが危険ってこと?


 リリカは不安なのだろう、昨日のハヤトのように電話がしたいと言ってきた。私は電話のボタンを押そうとして、止めた。これ以上両親に要らぬ心配をさせてはいけない。

 参考書を開き、スマートフォンを傍らに置いて勉強を始めた。リリカには慰めの言葉をかけ続けた。大丈夫、すぐに死ぬことなんて無いから──もちろん、その言葉に嘘は無い。組織票に参加することで、リリカを守ることができるかもしれないからだ──その代わりに、誰かが犠牲になるのだけど。

 途中でハヤトにも返信をした。ハヤトはというと、私に組織票への参加を勧めてきた。


──マキだって死にたくないでしょ? カリヤに話通しておくよ。


 私は彼の言葉に二つ返事で応じた。あの横暴なカリヤに頭を下げるのは多少プライドが許さないが、このままでは自分もリリカも処刑されてしまう。生き残るためだったら、何だってしなくてはならないのだ。

 もしもここにウヅキがいたら。彼女はぼさぼさな髪を掻きながら、リリカを慰めて、自分たちも組織票を提案したりしたのだろうか。彼女も生存意欲は強いだろうし、プライドも高いだろうから、真っ向からカリヤに対抗していたかもしれない。その強さに、私は欠けている。だから、こんなに弱いのだ。

 机の上に、ポケットにしまっていた赤い髪飾りを飾っておく。それを一度見ると、私はノートまとめを始めたのだった。



 やけに覚めた夢だった。私はなぜか動けなくて、それでも私は私だということが分かった夢だった。場所は文芸部のある空き教室だった。

 私の手の上では、紫色のキューブがくるくると回っていた。手を触れなくても、勝手に回っているのだ。どういう原理なのだろう、これは。

 それを眺めていると、マナミ先輩とヨザクラ先輩が寄ってきた。興味津々といった顔つきだ。


「これ、何? わたし、知らないなー……」

「ナナコちゃんは知らないかー。これ、『ハコニワ』って言うんだよ」

「ハコニワ? ハコニワってあの箱庭?」


 ハコニワ。そんな名前のついたキューブなのか。指で挟み込めば、ひんやりと冷たい。

 特にマナミ先輩が興味ありげだった。イヤホンを外し、スマートフォンをポケットにしまうと、乗り出して立方体を見つめた。


「ゲーム好きには有名なんだけどー、なんか──」


 そこから先は、急にホワイトノイズの音が聞こえてきて聞き取れなかった。夢の中の私は聞き返そうとしないから、何を言っているのか分からない。

 すると私の隣に座っていたらしいウヅキが溜め息混じりにこんなことを言った。


「ゲームなんてマキ、ハマらないタイプなのにね。やるゲームなんてアレでしょ、安っぽくて広告すら出ない課金要素も無いカジュアルゲームくらい」

「マキさんにもゲームをオススメしたいけどー、マキさんは課金とかしないからなー……それに、ハコニワは買い切りだしなー」

「無駄ですよ、先輩。マキはコレクションとか興味無いんで」


 マナミ先輩は、そっかー、と言って肩を落とした。ウヅキはウヅキで自分のゲームに戻っていった。

 ヨザクラ先輩が私の手元を覗き込んで、それから、わっ、と言って後ろに退いた。どうしたんですか、と訊いた私に、ヨザクラ先輩は三つ編みを弄りながら答えた。


「なんか、見られてる気がして……」


 私もそのハコニワに目をやる。するとその瞬間、キューブに黒い目が浮かび上がったような気がした。じっ、とこちらを見つめている。

 それが怖くなって、思わず私はキューブを手から放り出す。それでもキューブは何事も無かったかのように机の上でゆっくりと回っている。

 そんな、夢を見た。

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