第8歳 -子役編- (1)

「次の方どうぞー」


 扉を開けると目の前には奇抜なファッション──黄色い帽子に紫色の眼鏡、ペンキらしきものが破茶滅茶に塗りたくられたアウターに下はリップが三つ縦に並んだロゴがあるTシャツ。ズボンはダボっとしており虹色を構成する7色のストライプが入っている。──に身を包んだ男性?がこちらを見ている。


「躊破きゅんね、じゃあお願いできるかしら」


 そのファッショナブルな男性、いや女性?は薄ら笑みを浮かべながら品定めをしている。


「やめて......!お姉ちゃんをいじめないで!」


 静寂の中で心を込めて躊破は言う。悲壮感が漂う雰囲気に部屋が包まれる。

 

「うるさい、放せ!」


 目の前の人はかなり渋めの男の声で返してきた。躊破はビックリしながらも続けて返す。


「パパは......パパは、なんで変わっちゃったの?」


 自分でも思った以上に感情が籠ったと躊破が自画自賛していても、一向に続きが返ってこない。躊破は焦って審査員の方を向く。

 

「────あー、いいわ!とてもベストでセクシーでエクセレント!いじらしくて震えちゃうわ!」


 台本には載っていない文章、ということは本心から出た気持ちということだろうか。躊破はちょっと嬉しくて表情を緩めた。

 

 どうしてこんなカオスな状況になっているのか振り返っていこう。


 ◆

 

「誠に申し訳ありませんでした!」


 シャッター音が降り注ぐ中、一人ポイズンかめむしは腰から曲げて頭を90度下げる。もはや平身低頭で謝り始めそうだった。不肖な愚息危険赤マムシが起こした件について説明する。そして、説明時間が終わり、質疑応答の時間。


「飛び降りようとしたマンション付近では通行止めが行われてます。バスの遅延や客の退去、諸々含めて被害総額数億円に登ると言われておりますが、いかがお考えなんですかね?」

「誠に申し訳ありませんでした、方々に謝罪するとともに、それぞれに相応の賠償金として償う次第です」


 青のアームバンドを付けた記者が配慮に欠けるような言葉遣いで質問を投げかける。

 毒かめむしはそのレベルではないと思っているが、そこが事実かなんてどうでもいい。口答えをすれば切り取られて、サンドバッグにされる。なので、怒りをおくびにもださない対応をする。


「はあ......人に迷惑かけてお金だけで解決できるわけないっすよね?」

「誠心誠意謝罪いたします」

「顔を見たくない人だって居る訳じゃないですか。芸能界続けるわけにはいかなくないっすか?」

「この場では明確な回答は控えさせていただきます」


 白いエンブレムをしている記者はもはや傍若無人とも呼べる質問をしてくる。用意した回答を毒かめむしが答え、その場を一旦抑える。未だに食い下がろうとしてきたが、司会の人が次の質問を促すことで事なきを得た。


「今回の騒動について親である貴方はどのように捉えていますか?」

「精神的不安が今回の事態を招いたとも言えるので、親として息子の有事に寄り添えなかったことが何よりも悔やまれます」

「そうですか……ありがとうございます」


 赤いスカーフを腕に巻いた記者は割れ物を扱うように丁寧に質問する。毒かめむしが放った言葉に心を痛めた感じで共感の印をとってくる。毒かめむしはこんな記者もいるんだと思いながらも気を許さないように戒める。

「当人は今回の謝罪会見を欠席しているようですがそこの所はいかがでしょうか?」

 

 質疑応答は挙手制で行われる。これまでの三人の記者も手を挙げて司会の人が指名をしてから、言葉を発していた。だがしかし、黒のワッペンを付けた記者は挙手すらせずに言葉を紡ぐ。


「今は泥のように眠っており────」

「では、件の危険デンジャラス赤まむしは反省の意はないということですね?」


 黒のワッペンを付けた記者は傲岸不遜な態度で面白くなさそうに問いただす。思い通りに行かなくて癇癪を起こす子供のようだ。

 しかしまあ、痛いところを突かれたと毒かめむしは考える。一人の親として、息子にもう無理はさせたくなかったのだ。インターネットに刺されて衰弱する息子をもう見たくなかった。記者の前にも出て欲しくなかった。だから、自分が謝罪会見を開いたのだ。そこに合理的判断など一里もない。


「それに、危険デンジャラスあかまむしの父親である貴方もイメージダウンを免れないと思いますが、そこについてはどう考えてますか?」


 答えを探して悩んでいると、黒の記者が続けて質問を投げかける。イタズラに成功した子供のように口角が上がっている。

 しかし、これも難しい話だ。古くから家庭をるか仕事をるかは決着の付かない話としては有名である。自分は息子のことは大好きである。だが、テレビ業界に巣食う野心家でもある。どちらかを選ぶのは難しい。


「............」


 毒かめむしは黙ってしまう。黒の記者はしてやったりと写真を撮っている。どこかホッとしているその顔は親の言いつけを守れた子供のようだ。

 

「無言ということは降板されても構わないという──」

 バンッ!


 大きな音がホールに響き渡る。勢いよく開いた扉は記者の質問を止めるには十分のインパクトがあった。そして、その扉を開けた張本人に記者達は思考が止まる。90度以上の最敬礼のお辞儀をする男性。その様はまさにデンジャラスだ。

 開口一番危険デンジャラス赤まむしはこう言った。


「本当に申し訳ありませんでした!」


 心からの謝罪にさらに面食らう一同。過去の危険デンジャラス赤まむしでは考えられないほどの誠実な謝罪に毒かめむしは感心する。


「この件は私自身が起こした、私の罪です。私自身で償わせて頂きます。」

「しかし、親の監督不行きも少なからず関わっているのではないでしょうか?」

「【黒厭社こくえんしゃ】さんは成人した大人が犯した罪は親に責任があるとお考えですか?また、親が罰則を負うべきだと考えるのでしょうか?」

「…………」


 危険赤まむしは毅然と、そして誠実な返答をしていく。

 誠実な返答をしたら許されるというわけではない。例え規模がどうであろうと迷惑をかけたのは紛れのない事実である。しかし、それをしっかりと受け止めていれば許されるかもしれない。これからは危険赤まむし次第である。

 毒かめむしは息子が着実に一歩進んでいると感じた。


 ◆


 子供の成長を見て喜ばない親はいない。危険デンジャラス赤まむしの成長を垣間見たポイズンかめむしは躊破に興味を持ったのだ。そして、会いにいくことを決めた。躊破のことをかめむしは調べていた。『躊破火災事件』に始まり、様々な事件を起こしている”カリスマっ子”であると考える。

 今回の事件は実際、危険赤まむしの騒動よりも躊破の英雄譚に世間の目は向いた。オーディエンスは楽しければなんでもよいのだ。危険赤まむしの辛気臭いスキャンダルよりもカリスマっ子の輝かしい事件の方がよろこべるのだ。

 それの感謝も込めて話そうと思ったかめむしは躊破宅のピンポンを鳴らす。


「はーい、どちら様ですかー」


 出てきたのは若めの女性。本来はただ躊破君の母親でしかないと思っていたが、思わず息を呑む。

 毒かめむしは気持ちを引き締めて臨んだ。



 

「でしょう!躊破は神の子なのよ!」

「それが分かるとは、前世で相当な徳を積んだんだろうね!」

「え、えぇ、まぁ……」

「あら!お菓子出し忘れてたわ!取ってくるわね!」

「前世はあの名高い孔子だったに違いない!」

「い、いやそれは......」


 いつの間にか仕事から帰ってきていた千疾と暁美は今日も絶好調である。その勢いに毒かめむしは気圧されていた。だがしかし、司会をかなりの数こなしている芸能人である。流れに呑まれまいと話を回そうとする。


「躊破君は今どこにいらっしゃるんですか?というより、躊破君は龍凰院家だったんですね」

「……龍凰院家だからなんだ?」


 千疾は今さっきまでのテンションはどこへやら、人を物差しに当てるように、問いかけてくる。


「…………」


 毒かめむしは黙るしかなかった。頼ろうにも暁美は菓子折りを取りに行って今はいない。そしてなにより毒かめむしはテレビ業界のである。上に行けば行くほど”龍凰院”という名前はよく耳にする。


「時に、自分の子供が危険に晒されると何を感じるだろうか、毒かめむしもとい、蛇甕へびかめ剛史たけし。親とはそういう時に真価を発揮されるものだと思わないか?たとえ息子が”不運”だったとしても、”運命”だったとしても敵対者は容赦しないさ。お前も一緒かい?」


 何を意図しての発言かを毒かめむしは測りかねていた。真意は読めないが正直に答えなければいけないという焦燥感にかられる。目線を合わせて答える。


「もちろん、蛇甕へびかめ赤史あかしがどんなことをしたとしても私は味方で在り続けます」

「そうか──」

「お菓子持ってきたわよー、ほら、躊破も挨拶しなさいね」

「こんばんは!」


 躊破は暁美に連れられて、毒かめむしに挨拶する。躊破はテレビでよく見る有名人に出会えて興奮気味だ。

 毒かめむしは躊破を見た。ツヤがあるストレートの黒髪に、大きいクリっとした目。鼻立ちは高い。小さな顔の中で顔のパーツがバランスが取れており、童顔ながら、男らしさも残っている。

 これなら、目的も達成できそうだ。そして、何より心から伝えることができる。危険な雰囲気を醸し出している後ろに控えるスラッとした男性に、飄々として掴みどころのない父親に、躊破大好きで仕方なさそうな暁美に、そして未来のスーパースターに、毒かめむしは言った。

 


「躊破君、子役にならないか?」


 ◆


 毒かめむしが帰った後。


「明らかに狙いがありそうなのに、なんで躊破サマと会わしたんですか!」


 真は新たな業務である、躊破用の芸能事務所を立てることに悩殺されながら愚痴を言う。


「でも……テレビ業界の大物は怖い存在なのよ」

「…………チッ、欠片も思ってないくせに」


 真は暁美の言い訳に溜息をこぼす。躊破の命が最優先なのだ。例え一回負かされた相手でも関係ないのだ。まあ、そこを千疾と暁美が好んでいるとも言えるが。


「というか、私の調査結果はどうしたんですか!アレは躊破サマに対する敵の刺客かもしれないと報告してたじゃないですか!」

「けど、ちょいと脅しても尻尾出さなかったからさー、大丈夫じゃない…?」

「それこそ、相手がテレビ業界の大物であることを分かっていません!腹の中に何抱えてるか分かったもんじゃない!なんでこんなことしたんですか!?」


 真は千疾の言い訳を一蹴する。


「まったく……怒らないから本心を言ってください」

「「躊破をテレビで見たいじゃん!」」


 真は天を仰ぎ、バカ親二人にナイフを投げつけた。


 

 芸能事務所を作り終えるまでに半年かかったが、どうにか真は成し遂げた。そして、満を持して躊破が子役オーディションに受けに行ったわけである。

 


 

 ────そして今に至る。

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