第7歳 -6月- (2)

「はあ、あんなんじゃ交渉もできねえよな」

「もう手が付けられないですね」


 警察官二人がトボトボと歩いていた。どうしようもできない不甲斐なさにやりきれない思いが残っていた。


「皆困っているから、早いところケリつけないとな」

「何もしらない人は特に困ってますよね」

 

 マンションの周りは立ち入り禁止とされ、そこを出入りすることも叶わない現状。無関係の人から見れば甚だ迷惑だ。


「マルたいをどのように対処しようか」

「どうしましょうか──」


 マル対とは警察用語で対象者との意味である。どっかの誰かに聞かれてもいい為である。難しい顔をして歩いていく男女の警察官。通っている廊下には観葉植物が置いてあり、この廊下を携えたマンションはそこそこの高級なモノだとわかる。

 さて、その観葉植物の一角。名前から窺えるように象の足のように太い幹を持つユッカ・エレファンティペスが揺れていた。


「ふー、怖かったー」


 躊破は探検と称して軽く動き回っていた。子供は堪え性がないので仕方がない。だが、花美露との言いつけを守れなかったことを躊破は恐れていた。廊下をコツコツと歩く音が聞こえた時、咄嗟に観葉植物に隠れていたのだ。


「けど、良いこと聞いちゃったなー」


 躊破は観葉植物から離れる。無邪気な笑顔を浮かべる。マルタイという悪のボスが屋上にいるという事が躊破の胸をときめかせているのだ!まあ、どこにもいないのだが。

 躊破は屋上に行って一眼見ようと考えた。こうなれば花美露魂の教えも意味を成さない。早速躊破は動き始める。


「必殺技、忍び足!」


 足は忍んでも声が全く忍べてない躊破。不必要な口上を告げて、動き出す。

 目の前にはエレベーターがあり、そこに駆け込む躊破。屋上に行こうとしても”R”がないことに戸惑いながらも、選べる中で最高の数である14を選ぶ。14階に着いた躊破は愕然とする。なんと目の前にはもう一つのエレベーターがあったのだ。

 このマンションは商業用と居住用で階層が分かれており、1階から14階までが商業用、15階から屋上までが居住用という分け方をされている。だから、客が誤って居住用に入り込むのを防ぐ為にエレベーターが分かれているのである。が、そんなこと躊破は知らない。


 どうしようかと躊破は考える。これは悪いボスのトラップではないかと。少しの時間悩んだ結果躊破はエレベーターを使わないことに決めた。

 どっかに階段はないかと躊破は歩き回ると、そこには階段ではなく梯子が掛けてあった。上へと繋がるはしごである。

 居住目的で住まう人々が家事などで飛び降りなければならないような有事に使われる避難はしごと呼ばれるものであるが、そんなことも躊破は知ったところではない。躊破は迷わずこのマンションの外側に設置されているはしごに手をかけた。


 命綱なし。それなのに怖がっていないのには理由がある。下にマットが置いてあるからである。マットの周りには筋骨隆々の男たちが待機しており、その周りにはスマホを持っている老若男女がかなりの数いる。その人達がこちらに気付いた。

 一斉にカメラを向けられて、男達はこちらに手を振っている。ここは14階ということもあり、遠くてよく聞こえなかったが、悪いボスを倒してほしい人達の集まりだと考えて、手を振ると、歓声らしきものが返ってきて、躊破は気分を良くしながら屋上を目指す。

 


 下の歓声にたまにアピールしながら登頂成功すると、そこには一人ぽつねんと佇んでいる男性がいた。外に向かって身を乗り出している男性。その様はまさにデンジャラスだ。


「ここはどこ?」


 躊破はボスと思われる相手に話しかけに行く。


「分かってんだろ、ここは俺の墓場だ」

「???」


 躊破は“お前の墓場”ではなくて“俺の墓場”と言われたのが意味不明だった。


「ここから、飛び降りるってことだ」


 躊破はびっくりする。ボスが飛び降りるという展開は聞いたことがない。悪のボスより楽しいことはあるのだろうか?

 

「それって楽しいの?」

「え?」


 躊破は男性が驚いたことに再度びっくりする。

 

「やりたいことなのに好きじゃないの?」

「大人は嫌なことだってしなきゃいけないんだよ」

「なんで?」

「生きる為のお金を稼ぐには嫌な事だってしなくちゃいけないんだよ」


 確かにと躊破は納得する。ボスは人殺しとか悪の道に身を落としている。それが嫌になったんだろう。

 確かに悪い人がいなくなることはいいことだ。どんな幕切れであっても下にいる人達は喜んでくれるだろう。

 

「じゃあ、早く飛び降りようよ」

「じゃあ飛び降りよう?」

「確かにな…………」

 

 そうは言っても目の前のボスは飛び降りない。尻込みをしているデンジャラスなボスに躊破はなるほどと納得する。確かにボスが飛び降りたら、マットで死なないにしてもその後が心配なのだろう。


「逃げることなんて……」


 逃げたいのは山々だろうがこの先、どうやったら逃げきれるかを考えているらしい。まだ飛び降りてないということは逃げられないと思ってるのだろう。

 ならばやることは一つだ。

 

「逃げることが好きなら逃げたらいいんだよ」

「え?」

「ボクも逃げてきたよ?じゃあ、一緒に逃げよーよ!楽しいよ!」


 手を伸ばして、一緒に降りないかと誘う。かっこいいヒーローは悪者も助ける。

 

「何をしている!?」

「うわ、来ちゃった。ほら!」


 悪の組織の手先が扉を開けた。悪の組織の手先がボスを説得し始めるかもしれない。ボスが説得されてしまったら倒すしかないのだ。急いで降りるように仕向ける。だが、そのせいでバランスを崩してしまい、屋上から落ちてしまった。

 落ちてる浮遊感を楽しんでる最中に目が塞がれる。どうやら自分は抱きかかえられているようだ。ボスも一緒に落ちてきたらしい。


 

 隙間から覗く太陽は落ち日なのにも関わらず輝きを増していた。


 ◆


 破社ぱしゃ 家写かしゃは溜息を付いていた。赤玲社所属の躊破専属カメラマンだ。


「はー、見込みはずれだったかなあ」


 目の前では、数字の為だけの滑稽な劇が幕を開けている。マンションの真ん前に陣取っている女性記者がおかしい。あんな好位置を取れる訳がないのだ。

 通常の事件の流れとしては、警察の到着→一般人が拡散→記者の到着なのだ。記者は一番最後、故に位置取りとしては不利なはずなのだ。現に他の記者達は周りに押されながらカメラを構えている。これでは、一面を飾るのは彼女の写真になるのは当然だろう。


 その女性記者は黒のワッペンを腕に巻いていた。ということは【黒厭社こくえんしゃ】の記者だろう。最近不祥事ネタや醜聞ネタにめっぽう強いと噂される会社である。破社は推測を立てる。マッチポンプだろう。

 不祥事の発端を黒厭社が担い、不祥事を起こさせてから情報の新鮮さ、いや、生みの親として他企業と勝負をしている。それならば辻褄が合う。


 まあ、破社は知らぬフリをしようと心に決めた。自分は躊破という主人公を追っているんだから交わることはないのだと考える。そう考えながらも破社は写真を撮っていた。使う使わないとしても、ネタになりそうなことにはカメラを向ける、記者のさがだ。


 躊破教に調査をしていた最中だったが、躊破の帰り道の近くでの事件ということもあり、抜け出してきていた破社。


 すると、左手から歓声が上がった。破社は期待に胸を膨らませて左手に向かう。


「ビンゴ」


 思わず口に出た言葉に破社は驚く。今回は退屈しなさそうだ。


 ◆


「号外ー、号外ー」

「いや、ここ新聞掲示板じゃねぇんだぞクソが」

「どうした?なんか嫌なことでもあった?話聞こうか?

 そうじゃなくて、また躊破クンがやりおりましたよー!」

「お、新鮮な良いネタ入ってるね!じゃ、一杯引っ掛けていこかー」

「いや、ここ寿司屋じゃねぇよアホが」

「どうした?話聞いて欲しいのか?」

「皆んな構うなマッシュルーム」


 時間が経てば人は変わる。


「事の顛末を頼む」

「躊破が紐なしロッククライミング成功

 その後紐なしバンジージャンプに危険デンジャラス赤マムシと一緒に挑戦

 ツイッターで躊破の様子大バズり」

「今北産業」

「古い死後出してくんじゃねぇぞボケが

 それに上に書いてあるの読めやザコが」

「ネット民DDのわしが話聞いてあげるでござるが?」


 今北産業とはからで説明してというオタク用語、ネットスラングである。死語であるが。

 DDとは誰でも大好きの略である。まあこれもちょっと旧いオタク用語である。


「さて、ここのネット板のしきたりに沿って今回の事件名を付けちゃおう! ということでいい案ある人ー」

ちゅうちゅうなしでバズって紋を生んだから、『躊破ちゅっぱ紐波ちゅっぱ』でどう?」

「↑これやん」

「賛成ー」

「完璧なもん出してくんなやゴミが」

「もしかして、いいやつ......?」


 ということで今回の件は『躊破ちゅっぱ紐波ちゅっぱ』として世間に認知されていくのである。


 尚、毎回ダジャレが用いられる理由は未だ不明だ。

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