第5歳(4)

 去年、躊破が何かの事件を起こさなかったのはメディアさえも落胆させていた。実は、躊破には各メディアが人を付かせて見張らせていた。スクープとして抜く為に。しかし、一年の時を経て、世論の関心は薄れ、メディア側としても躊破に対して魅力を感じなくなっていた。このような重要ではない案件は誰に回されるか。そう、新入社員だ。



 名は破社ぱしゃ 家写かしゃ。週刊誌【赤零社せきれいしゃ】の新入社員だ。彼はこの業界に入って有名になることが夢だった。だがしかし、回された仕事は過去の産物である躊破の件である。彼は大きく落胆した。

 だがしかし、諦めなかった。詳しく調べたら去年には新しく妹が出来ていた。もし彼が“主人公”だとしたら…?“主人公”にとっては妹が出来るというのは立派な大きな事件だ。

 彼は出世欲に満ち満ちていた。そして名前の通り記者としての才能は天から授かった物といっても遜色ない程ピカイチだった。躊破が“主人公街道”をまっしぐらに走っていると考えた彼は、社長と契約を結ぶ。契約の内容はこうだ。


 1.躊破の専属にすること

 2.躊破の専属を恒久的にすること

 3.躊破のスクープでは何処にも負けないこと

 4.躊破関連の手柄は全て破社 家写に帰すること

 5.以上の約束を破った場合を受けること


 この五つで成り立っている。社長は何も気にせずサインをする。どこからか噂は立ち、ずっと子供を相手にしているから気が狂ったのだと社内では吹聴される始末。しかし、そのような状態になっても家写は気にしなかった。彼の中の直感が躊破を追えば自分が大成すると告げていたからだ。出世以外に考えはない。それが家写である。



 そして、この事件が起こる。家写は躊破のことだけを追っていたので当然耳に入れる。躊破が国の指定暴力団の内の一つ向日葵組ひまわりぐみを壊滅させたということを。

 向日葵組は幼稚園にあるような生易しいものではないことは周知の事実である。日本の中の知名度で五本の指に入る程の指定暴力団だ。それを五歳児の子供達が壊滅させたとなると、大スクープである。躊破とその周りの子供達のことを既に調べ終わっていた家写は、可及的速やかに向日葵組について纏め、裏ルートで一枚の写真を入手する。

 その写真にはお尻を出して土下座する組員達、気絶している組長。組長に跨ってピースしながら威風堂々とする躊破。それに続く烏田と金並。そして、端には肩肘と浜谷が同じくピースして写っている。つまり、プライドをボロボロにやられてる満身創痍の暴力団と、余裕そうな子供達の図が出来上がっている。


 それを家写は、事も無さげに社長に記事を報告する。社長はその報告に驚嘆した。その事件を知らなかったから。


 記者は何を求められるか。そう、情報収集能力だ。所謂、耳の早さというやつだ。

 この【赤零社】は実力至上主義だ。手柄を立てた者が上にのし上がる。そういうシステムが構築されている。つまり、【赤零社】の社長ということは過去のNo.1に当たるということだ。過去の産物だと思う人もいるかもしれないが、そんなことはない。職を極めたことによって培われた、嗅覚、洞察力、運、ノウハウ、情報収集力、ツテ、その他諸々はまだ老いた体に染み付いている。そんな彼が知らない情報を家写は知っていた。どれだけ家写が異端かということが分かるだろう。


 その気持ちはこの社長も一緒である。入社一年目という若さで、自分をも超える才を持つ家写にある思いが芽生える。言葉では形容し難い、畏怖の念か、歓心の念か、畏敬の念か、はたまた敬虔の念。それらの糸が複雑に絡み合った難解な図形の様を呈している。

 社長はこの記事の重要性を即座に見抜き、一面を飾ることを即決した。そして、家写を要注意人物として心の中で格付けした。



 そして、時は過ぎ、号外発刊日となる。書店は赤で染められた。他社は躊破の事をノーマークであった為に出遅れた形となったのだ。いや、出遅れたと言うには相応しくない。他社にとってこの記事は寝耳に水であった。


 直ぐにニュースとなる。確かに躊破は何回かニュースに出ていた。が、しかし、今回は一味違う。緊急速報としてニュースに出たのだ。「躊破ら五歳児が指定暴力団を壊滅」というテロップが上に流れる。テロリンというサウンドと共に。

 ゴールデンタイムの中。全ての番組を中断して緊急ニュースに差し替えられる。全てのチャンネルで、だ。テレビを見ていたお茶の間に漏れなく躊破の名前が植え付けられる。これは世間がやりすぎだと感じるだろうか?

 否、考えてみれば当たり前である。五歳児が暴力団を一つ潰すなど、それこそ“”しか成し得ないことなのだから。

 その後のニュース番組ではひっきりなしに躊破のことが話題に昇る。週刊誌各社は少しでも初出しの情報を得ようとフルに動く。記者もフリーターも躊破の事を追いかける。全国民が躊破を見ている。欲している。躊破を追うメディアの長蛇はまるで途切れることのない川のようであったらしい。


 今日の人々は、法律という規則に追いやられ、ストレスという重圧に押し潰されている現代社会に生きる一般人は、小説の中だけでしか目にかかれない事が現実で起きていることに歓喜する。そして希望を持つ。


 自分にも起こり得るのではないか、と。


 歓喜する人もいれば羨望する人もいる。躊破が世に出てきたことによって人それぞれの反応をしたことだろう。だが、一つ言えることがある。世の中が、躊破の名前を覚えたのだ。躊破が世論に名を刻んだとも言えるかもしれない。皆の目に希望を灯した躊破はトレンドを飾った。



「今回も、躊破凄かったね!」

「俺もああなりたい」

うじがここにうpしてる時点で無理」

「間違いないw」

「兎にも角にも、今回も事件名考えよう!」


 ネットの中では躊破が事件を起こす度に事件名を決めることが最早、恒例行事となっている。


「『向日葵組内部解体事件』ってどう?」

「うーん…微妙やなー」

「『躊破君すげーな事件』はどうでしょうブナシメジ?」

「キノコは黙ってろ」

「キノコは胞子が飛んでる限り不滅である!」

「構うな笑」


 ネットの中にはキャラが濃い者もいる。


「『黄色卒業事件』ってのはどうかな?」

「ほう…その心は?」

「黄色って抽象的だけど、向日葵って意味も含んでて、向日葵組のカルマから卒業させてあげたし、組長の黄色を卒倒させたし」

「ほう…卒倒と卒業も繋がってるのか……やるな」

「しかも、躊破君は今年で向日葵組を卒業だからね」

「え?!躊破君って向日葵組なの?!」

「そんな偶然あるんだ…」

「ところで拙者の意見はどうであるかキシメジ?」

「-------------キリトリセン--------------」

「全員一致で『黄色卒業事件』で決まりね!」

「ピエン超えてエノキ」





 ということで、後世でも『黄色卒業事件』と語り継がれることとなる。なお、キノコは数日間無視されたらしい。

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