第5歳(2)

「て、てめぇら…、一体いつから…」

 園児達を目の前に、轟からやっと出た言葉は暴力団らしき威勢のある言葉ではなく、ただただ驚きから出たものだった。


「おい!轟!いつまで車庫にいるんだ!さっさとこの洗車道具取りに来てさっさと洗車せんかい!!!」

「あ!はい!!!」

 組員に呼ばれた轟はとりあえずトランクを閉めた。

「あー!」

「閉めないでー!」


 バタンッ!



 轟は躊破達がいつ乗り込んだのかなどを考えながら洗車道具を取りに向かった。


「…いつだ…」


 しかし全く検討もつかなかった。


 轟は考えた。


 このままトランクにずっと詰め込んで殺そうかと。しかし、人を殺すなどまだ人殺しの経験のない轟にはできなかった。

 では、車を出して違う場所で子供達を降ろす。これも無理だと悟った。なぜなら無許可で車を出す、ましてやリムジンを出すなどやれるわけがないからだ。



 一体どうしたらいいんだ…このガキ共は…。


 俺は洗車道具をリムジンの横に置いた。そして、気になるトランクの方へ向かった。

 ガンガンとトランクが内側から蹴られたり殴られたりしているのがわかる。


「あ!おい!轟!」

 後ろから呼ばれてビクッとした。

「は、はい!」

「てめぇ、アレは?」

 親父のお付きの1人である、兄貴が俺に喧嘩腰で聞いてきた。

「ア、アレ…とは…?」

「あぁ?薬だよ、薬」

 小声でアレの正体を教えてくれた。兄貴は案外優しいのかもしれない。


 …薬のことか。…!?薬は確かトランクに!


 そう気づいた俺は一気に冷や汗が吹き出た。

「あ、りょ、了解です!あ、あとで持って行きます!」

「いや、いいよ。ここに来たついでだ。俺が持ってってやる」

 くそっ!優しい!

「いえそんな!僕が持って行きますんで…」

「何をそんな遠慮して」

「いや!兄貴に荷物持ちなどさせられません!」

 俺は必死で兄貴を追い返そうとした。

「そ、そうか。わかった。じゃ、頼むわ」

 そう言って兄貴はくるりと後ろを向いた。


 ガンッ!ガンッ!


 トランクルームから激しい音がなった。俺は一気に血の気が引く。兄貴も足を止めて俺の方を向き直した。


「なんだ?今の音は?」

「…」

「今の音こっからだよな?」

 トランクをポンポンと兄貴が叩く。それに対抗してトランクがドンドンと鳴った。

「うん、こっからだな。開けっぞ」

 そう言って兄貴がトランクを大きく開いた。


 そして、その瞬間、5人の園児達がポポポポポンと出てきて、「やった!出れたぜ!」「在吾参上!」などと叫びながら俺達2人の間を走り抜けて行った。


 しんっと駐車場が固まる。


「…轟、なんだ今のは」

「すいませぇぇん!!!」

 俺は土下座した。


 そして、事情を説明した。



「…つまり、お前もよくわからねぇんだな?」

 事情を最後まで聞いてくれた兄貴は煙草を吸いながら俺に問いかけた。

「…はい。もう、何が何やらで…」

 兄貴はジュッと地面に煙草をすり潰した。

「わかった。なら仕方がない」

 !!!

「が、しかしだ。薬を失くしたなど言語道断。これは相当な罪だ。罰は軽くても両手が二度と使えなくなるくらいか…」

 両手が…二度と…。俺は頭を床に付けながら震えた。

「とりあえず、顔を上げろ」

 俺はゆっくり顔を上げた。怖くて兄貴の顔を直視出来ない。

「この件はお前に全て非があるとは言い難い。だから俺も弁明を手伝ってやる」

「…え?」

 俺はゆっくり兄貴の顔を見た。

「だが弁明するにはまずガキ共を吊し上げ、証拠を掴むことからだ。てことで、ガキ共を潰しに行くぞ」

 ガバッと兄貴は立ち上がり、腰についた汚れを叩いて落とした。

「…もしかしてガキ共にビビって立てねぇのか?ガキ共は今頃中にいるヤツらに捕まってるから安心しろって」

 兄貴が駐車場に来て2本目の煙草に火をつけた。

「…いや、そう…じゃなくて…」

 目の前が涙でぼやけてくる。

「わかってるわ、んな事。さっさと立て!こんな所でずっとうずくまってて何が始まる」

「は、はい!!!」

 俺は涙を拭いながら立ち上がった。



 急いで走り、玄関に入りガキ達を探した。


 が、屋敷の中のどこを探してもガキ達はおろか、組員までも誰一人として屋敷に居なかった。


「一体これはどうゆーことや」

 兄貴も少し焦っている。


 屋敷中を探し回ったが、どこにも誰も居なかった。


「残る部屋はここだけだな」

「そう…ですね」


 最後のひとつの部屋。それは組長の部屋だった。


 組長の部屋はこの屋敷の中で最もデカい。組員全員が集まれるようにだ。

 俺は1度しか入ったことはないが、とても大きな和室にひとつの机が最奥にあったのを覚えている。


「…開けるぞ」

「…はい」

 兄貴の頬に汗が流れてる。


 ガゴンッ!!!


 兄貴と俺は銃を構え思い切りドアを開け放った。



 そして、俺と兄貴は言葉を失った。というか、目の前の状況が把握出来なかった。

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