第5歳(1)

 齢5歳になった躊破は、現在、年中さんの向日葵組として近くの幼稚園に通っている。

 

「帰ってきたらまずはただいまでしょ!あなた!」

 そして今、家族ごっこでお母さん役をしているのは脚手である。

「わかったよ、脚手。ただいま」

 渋々返事をしているお父さん役は躊破である。

「ママ!ご飯食べようよー!」

 娘役をしているのは幼稚園で友達になった、浜谷はまや 羅利琉らりる

「僕もお腹空いたぁ」

 息子役をしているのは同じく幼稚園で友達になった、烏田からすだ 蚊火加かーかーかー

「おやつのふぉあぐらまだー?」

 蚊火加の弟役をしているのはこれも同じく幼稚園で友達になった、金並かねなら 在吾あるご


 この5人は幼稚園ではいつも一緒にいる。何を遊ぶにしてもずっと5人でいるのだ。


 そして5人は脚手と羅利琉が今ハマっている家族ごっこをしているのだ。


 最近は家族ごっこの頻度が特に酷く、躊破達男子組は毎回それに付き合わされていた。


 2010年10月9日土曜日。この日は躊破達が毎週恒例の公園で遊ぶ日であった。

 5人の親同士はもちろん仲が良く、毎週土曜は子供達を公園で遊ばせようということになっていた。

 毎週交代制で、誰かの親がしっかりと見張るという仕組みだ。

 今週の当番は在吾の母親であった。


 在吾の両親はどちらも金並グループという三大財閥の一角を担う巨大会社に務めており、母親は株式の代表取締役、父親は執行役として、地位を独占していた。

 

 そんな多忙なはずの立場である在吾の母親、在和あるわは、多忙にも関わらず自分の当番の日は必ず躊破達を見守りに来ていた。

 この日の為に自分の当番ではない4週間を彼女は根詰めて仕事しているのだ。


 そしてこの日も彼女はにこやかに躊破達の家族ごっこを見ていた。


 そんな時、在和の電話が鳴った。仕事に関するものだ。彼女は携帯を取り出し、「はい──」と出た。


 そして10分程話し電話を切り、後ろを振り向いた在和は、携帯を地面に落とした。


 躊破達、子供達が全員いなくなっていたのだ。



 事は在和が電話を取り、その場を離れて直ぐに起こった。


「じゃあ僕、お茶を汲んで来るね!」

 気の利いた長男役の蚊火加はそう言って水道のある所まで走って行った。


 水道のある場所は道路沿い、公園の入口にあった。そこで、蚊火加はある物を目にした。それは黒塗りのリムジンだ。

 滅多に見られないような形をした車。艶のある黒色の車。いかにも高そうな車を見た蚊火加はその場で立ち止まり、車に見惚れた。蚊火加は大の車好きだったのだ。


「…かーちゃん遅くない?」

 躊破がお茶を汲みに行っただけのはずの蚊火加がなかなか帰ってこないことに気づき、脚手に尋ねた。

「何言ってるの。母ちゃんなら私よ?」

「違うよ。脚手のことじゃなくて、蚊火加のこと!」

「あぁ~。遅いね~」

 脚手もそうだと思ったのか、水道の方を首を伸ばして見ようとする。

 しかし、今脚手がいる所では、木などの障害物が視界を遮ったために水道付近にいるはずの蚊火加は見えなかった。


「ちょっと、確かめに行こうよ」

 躊破のその一言により、家族ごっこをしていた4人は一旦家族ごっこを辞め、水道の方へ向かった。


「かーちゃん!」

 名前を呼ばれてビクリとした蚊火加は、ゆっくりと後ろを振り向いた。

「かーちゃん、何この大きな車…」

 羅利琉は蚊火加が夢中に見ていた物について尋ねた。

「これはりむじんだね。僕これ好き!」

 在吾が元気満々で答えた。

「…りむじん」

 在吾以外の皆は小さくボソリと呟いた。


 そこに、1人の黒ずくめの男がやって来た。

「おいガキ共、あっち行け」

 黒ずくめの男は躊破達に向かって言い放った。

 いきなり怖い事を言われた皆は硬直状態になった。

「おい聞こえなかったのか?あっち行けって言ってんだよ!」

 黒ずくめの男の声が少し荒くなった。


 皆が恐怖を感じている中、蚊火加の頭には1つの欲求が奮い立とうとしていた。

「…たい」

 そして蚊火加はボソッと呟いた。

「あ?なんか言ったかガキんちょ」

「…たい」

「あ?言いたいことがあるならハッキリ言えや」

「…それ!乗りたい!!!」


 しんっと水道の周りが静まり返った。



 とどろき ごう。今躊破達と話している黒ずくめの男の名である。齢22歳。


 轟は今、公園の前にある雀荘で麻雀をしている組長を待っているのであった。


 轟は日本でも有名な暴力団、向日葵組の運転手の一人であった。

 そして、今日、組長を乗せて運転するのはこの轟だったのだ。


「轟!何してんだ!そろそろ親父が雀荘から出てこられる!用意しとけ!」

「あ!はい!」

 轟は躊破達にガンを飛ばし、運転席に座った。


 それから5分が経って、ようやく組長の向日葵ひまわり 黄色おうしょくが雀荘から出てきた。


「どうぞ」

「うむ」


 黄色に付き従う者達が車のドアを開け、黄色を車に乗せた。


 バタンッ。


 付き従っていた者が車に乗り込む前にトランクを閉める音がしたが、轟はあまり気にしなかった。


 車は発車し、向日葵組の本拠地へと向かった。


 向日葵組の本拠地は雀荘から車で30分の距離だった。


 本拠地に着いた轟は車を止めた。そして、黄色達は車を降りた。

 轟はそのまま車を駐車場に止め、荷物を出そうとトランクを開けた。


「ふーっ、やっと外が見えたねー」

「あっつーい!」

「ちょっと!蚊火加早くどいてよね!」


 トランクを開けたら幼児が5人もいた。


 轟は呆然とした。呆然としたと言うよりか、頭がパンクしたと言った方がこの場合正しいのかもしれない。



 躊破達は轟が車に乗り、黄色が雀荘から出てくるまでの5分間でこの車のトランクに乗ったのだった。


 運転席に乗った轟を見た蚊火加は運転席からの死角を通り、トランクを開けた。生憎、この車のトランクはボタン式だったらしく、ジャンプした蚊火加に容易く開けられたのだ。

 その後、蚊火加はトランクから大きな荷物を引っ張り出した。その荷物は実は薬だったが、そんなことはどうでもいい。園児達はよいしょよいしょと薬を足場にして、トランクに登った。

「こんなことやっていいの?」や「もう戻ろうよ」などと脚手や羅利琉は言っていたが、結局は男子達に続いてトランクに乗っていた。

 最後に乗った躊破が踏ん張った際にころりと薬の入った荷物が車の下に入った。

 そして、トランクに乗った5人はトランクの締め方がわからなかった為、とりあえずそこにあった毛布で自分達を覆った。


 それにより、黄色のお付きの人は園児達が居るとも知らず、ただトランクを間違えて空きっぱなしにしていたのかと思い、黄色を乗せた後、トランクを閉めて乗車した。

 もちろん、その人からは車の下にある薬の入った鞄は見えなかった。



 ──そして、現在に至る。

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