第3歳
2008年10月29日。龍凰院家は今日、母、暁美の誕生日の為、とあるホテルの最上階にある高級レストラン『サクリファイス』にて、お祝いをしている。
「ありがとう、千疾。ここって予約待ち多いんでしょ?」
「それが昨日たまたま空いてさ、奇跡的に入れたんだよ!それに今日は、いつもの感謝と生まれてきてくれたことへのお礼だよ」
「私ももう24かぁ。早いわ」
「そういえば、お義母さんが暁美が産まれた時の話をしてくれたよ」
「来年には20代の折り返しよ?」
「暁美は逆子だったなんて初めて知ったよ~」
今日の会話も絶好調である。
「躊破!このニンジン、残さず食べなさい」
「イヤ!イヤイヤ!」
「こーら!お母さんが今から食べるお手本見せますからね~!」
躊破はもう3歳となった。そして、今、イヤイヤ期真っ只中なのだ。
躊破がイヤイヤと言った物を誰かが目の前で食べる手本を見せなければ、躊破は食べないのである。
「ほら、お母さんが食べたから次は躊破の番ですよ~!あーん!」
躊破は大きく口を開け、ニンジンを頬張った。
◆
この高級レストラン『サクリファイス』は、予約が10ヶ月先まで埋まっている大人気店だ。
人気の理由は、個室にある。ここのレストランは全て個室でカウンターなどは一切ない。個室は、家族で来たなら家族だけの空間、恋人と来たなら恋人と2人きりの空間、友達と来たなら友達とだけの空間、1人で来たなら、1人で楽しめる空間となれる。だから人気なのだ。
しかも、全個室に窓が付いてる。見晴らしも良くて、どの窓からでも絶景を拝める事ができる。その点も高評価ポイントだ。
さらに、1つの個室に1人のシェフが付きっきりで料理を出してくれる。もちろん、プライベートが良い人は付きっきりシェフをなしにすることもできる。
しかし、こんな豪華なレストランには、1匹の殺し屋が混ざっていた。
殺し屋の名前はジャッキー・カルパス。まだ新人のチャイニーズ殺し屋であるが、腕は確かなものだった。どんな職業もこなし、どんな所でも潜伏できるのだ。そして毒殺により今まで9人もの人を手にかけてきた。
今回の依頼は
つまり、この汐見を殺害すれば、ホテル界の王の経営は廃れていくのである。
依頼主はライバルホテル会社。
これが闇の世界の戦争なのである。
カルパスは、汐見を殺害する為に、料理の腕を僅か3ヶ月で磨き上げ、2ヶ月で名を挙げ、ここ、『サクリファイス』の厨房に立った。
全ては10月29日の為。佐藤 汐見に毒を盛った料理を食わせ、殺す為なのである。
カルパスはなんでもこなせる。が、人間というモノは完璧になるようになっていない。
カルパスには致命的な弱点があった。それは顔を覚えられないということ。
しかし、実は暗殺において支障はさほど無い。名前、家族構成などは覚えておけるからだ。今までも人の顔覚えれてなくても上手くやっていけてたのだ。
◆
今日は佐藤 汐見を殺害する日でアル。つまり、作戦実行の日なのでアル。
標的の家族構成は簡単でアル。汐見、賴潮、そして一人息子の
ここのレストランは小さい子が来るのは珍しいのでアル。塩辛は3歳児。それくらいの子を連れている家族があれば、確実にその家族なのでアル。
チリン、チリン…
ドアの開く音でアル。そして、入って来たのは夫婦2人と、3歳くらいの子供でアル!ビンゴでアル!!!
「ボクの担当が来たので対応してきます!」
喋る時は普通の喋り方なのでアル!!!
では、殺させて頂くのでアール!
カルパスは走って客の元へ向かった。
しかし、カルパスは聞こえてなかった。店長が
「え、あ、ちょ、ま、あ、いいや」
と言ったことを。
実は佐藤家は、この時間帯で予約していたが、昨日の夜になって予定をキャンセルしたのだ。キャンセル理由は、汐見がぎっくり腰になってしまい、動けなくなったからである。
そしてそのキャンセルされた枠を千疾が見つけ、予約したのだった。
店長はこの事をカルパスに報告しようとしたが、今日のカルパスはいつもより気合いが入っていて、なかなか言い出せなかったのだ。そして、何も言えないまま、代わりの客、龍凰院家のシェフにカルパスは付いたのだった。
◆
今のとこシェフとしての役割はしっかりこなしているでアル。そしてここでやっと、ボク特製の毒の出番なのでアル!
カルパスは牛肉を焼き終えた。
「焼きあがりました!こちら『厚切りサーロイン~胡椒をチュッパッパと添えて~』です」
3人ともこのお肉に夢中でアル!
「そして、こちらは女性に大人気のソースです!奥さんは是非、かけて食べてみて下さい!かける時は呼んで下さいね!ボクがかけますんで!」
さぁ、このソースをかけて食べてくれれば…!!!
「まぁチュッパですって!」
「あぁ、チュッパって言ったな!」
「これは躊破が一番に食べるべきよ!」
もしかして、チュッパってこの子の名前なのでアルか!?確か、塩空だったアルけど…。いや、たぶんあだ名でアルに違いない!そんな名前を付ける親がいるはずないアル!
「いやぁ、このメニューの名付け親が見てみたい!」
「さぁ!躊破!お食べ!」
「イヤイヤ!」
「もう仕方ないわねぇー!」
暁美は半分に切って片方を食べた。
すると、躊破は残りをパクッと食べた。
「美味しい?」
躊破はコクリと頷いて、笑った。
「そうだわ!シェフさん、私のお肉にソースをかけて下さい」
「はい、畏まりました」
これで任務完了アル!
「シェフさんって子供とか好きなんですか?」
千疾が質問した。
嫌いだが、話を合わせておくべきでアルな。
「はい!大好きです!」
「あら、そうなの?」
「はい!ボクも早く彼女作って、家族作りたいです!」
「そうなのか!結構な子供好きだな!」
「あ!じゃあ物足りなさそうな躊破に食べさせてあげて下さいよ!そのソースかけたやつ!」
「…はい?」
「そうだわ!ソース無くても美味しかったけどソース有りも躊破に食べさせたいわ!」
「いや、でもあれはお母さんの分ですよ?」
「躊破が欲しがっている目をしているから躊破がたべたら良いわ!」
「チュッパ君もお腹いっぱいだよねー?」
「イヤイヤ!」
「遠慮することないぞ!躊破は良く食べるからな!」
「そうよ、子供を授かった時の為に、練習しといた方がいいわよ!」
流れに押し切られてしまったアル。ソースは遅延性の毒入りだから塩空君には申し訳ないけど犠牲になってもらうしかないアルね。恨むなら殺させた親を恨むでアル。
「わかりました」
「おぉ、いい度胸だ」
いい度胸ってどういうことアルか?
「チュッパくん!あーん!」
カルパスは、ソース付きのお肉を躊破の口付近へ近づけていった。
「イヤ!!!」
個室に躊破の放った言葉が響いた。
皆しーんとなった。
「あ、ははは、ボクじゃダメみたいです。ですので…」
「シェフさん、諦めちゃだめですよ!」
「…え?」
「そうだぞ、シェフさん!諦めちゃダメだ!イヤイヤ期でも食わせるのも親の仕事!」
「そ、そうですね!チュッパくん!あーん!」
「イヤイヤイヤ!!!」
なんででアルか!?!?!?
「ごめんなさい、ボクじゃやっぱり…」
「今さっき私がやったようにするんですよ!」
「今さっきやったことって何ですか?」
「見てなかったのね」
「先に食べてあげるんだ!」
この毒入りのステーキを先に食べるでアルか?
「ほら、シェフさん、お手本見せてあげて!」
「見本に食うんだ、シェフさん!」
も、もしかして、コイツらは俺を試してるアルか?コイツらは俺が殺し屋だとわかっているのでアルか?
だから、俺が先に食べろって言っているアルか?
「どうしたんだ?シェフさん、具合が悪いのか?」
食べたらいいアルか?解毒剤は持ってきてないアル…。どうしたらいいアルか?どうすれば打破できるアルか?どうしたら…どうしたら…。
「ほらほらほらほら」
「手本見せてみろみろみろみろ」
「イヤイヤイヤイヤ」
や、やばい、幻聴が聞こえるアル…!!!いやこれは幻聴なのでアルか!?
「ほらほらほらほら」
「手本見せてみろみろみろみろ」
「イヤイヤイヤイヤ」
「ほらほらほらほら」
「みろみろみろみろ」
「イヤイヤイヤイヤ」
頭が、頭が…!!!汐見と賴潮と塩空の顔がぐるぐると回ってるでアル!!!人の顔を覚えられないボクが!!!こんなに印象強く!!!
「…ごめんなさい」
「…ん?どうしたのシェフさん?」
「ごめんなさい!!!もう!!!もう刑務所で償います!いや死刑になっても構いません!!!ですから、ですから許して下さい!!!」
そう言ってカルパスは『サクリファイス』を毒入りソースを片手に飛び出した。
◆
その後カルパスは出頭しに行った。
奇しくもその警察署は沼田を捕まえた所であったため、その時に沼田の取り調べに使った躊破の写真が置いてあった。その顔をみて青褪めたカルパスを見て事情を察した。
迅速に取り調べを行い、前科をリストアップする。すると、浮かび上がって来たのは、有名事件ばかりである。「けん玉突き刺し事件」や「県知事殺害事件」まで大小様々な事件に関わっていた事が判明。
数々の事件に関連があることを隠蔽して躊破の事を隠すのは不可能と判断した警察側は本部長感謝状並びに部長、方面本部長・警察署長感謝状を贈呈して、大々的に公の場にて躊破の功績を明かす。
勿論3歳の躊破が感謝状を贈られるなど異例中の異例である。マスコミの反響が大きく、世の中の関心が躊破に向き始める。
例の如く、ネット上では躊破の話が飛び交う。その中で、ある女が言う
「躊破君って
それの返信として男が
「しかもそれで大ヤク進ってね」
これが今回の事件に当てられ「躊破ヤク進事件」と報道されるようになる。
尚、毎回ダジャレが用いられる理由は不明とのことである。
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