第1歳

 躊破はスクスクと育った。


「マーマ」


「初めて言葉喋ったわよ!あなた!ほらー、覚えるのは私からっていってたじゃない」

「まだわからないぞ?躊破はマーマレードって喋ったのかも知れないぞ」

「そんな風に言うわけないでしょ?」

「躊破、続けてレードを言うんだ!」

「ホントに躊破は可愛いでちゅねー」


 やはりこの両親は最後まで話が噛み合うことはない。



 さて、躊破は1歳になった。1歳でも主人公と言うモノは何か事件を起こす。そう、それが世に言う『躊破火災事件』だ。

 実際に躊破が火達磨ひだるまになっている訳ではない。ただただ笑いながら指を指していただけである。さて、何でこう呼ばれるようになったか、この事件の経緯を見ていこう。



 ある日、躊破は外を徐ろに見ていた。

 すると、住宅街からサングラスにマスクを着け、服は黒一色である男が出てきた。


「キャキャッ」


 躊破はただ単に黒づくめの男が珍しい生き物だと思い笑った。まだ1歳である躊破の目では男を人と認識出来ていなかった。

 黒い生き物を見つけた躊破は笑いながら指を指した。笑い声を聞いて駆けつけた母親は指を指した方向を見て驚愕する。なんと、そこには燃えている家があったのだ。まだ火は大きくなっていない。大慌てで暁美は119番に通報。迅速な行動もあって、周りの家には飛び火せず、その上その家も半焼で済んだ。


 躊破は確かに男の方を指していた。しかし、1歳の子供と成人女性には目線の高さに差がある。なので、母親の暁美には火が出ている家を指差したように見えたのだ。



 暁美は夕飯時、誇らしげに仕事帰りの千疾に報告する。

「今日、躊破が火災を見つけて知らせてくれたのよ」

「え、なんだって?流石俺達の子供だな!」

「そうよね、だけど、このまま行ったら有名になっちゃうわ」

「国民栄誉賞のスピーチで躊破が俺達の事について絶賛する未来が見えるな!楽しみだ!」

「躊破は国民栄誉賞に留まらずノーベル賞まで!」

「俺が躊破のお陰でモテちゃうな!」


 今日の会話も絶好調である。




 この事件がこのまま忘れ去られ、3ヶ月後、また同じ様な事が起こった。

 黒づくめの男がまたいたのだ。


「キャキャッ」


 また同じ生き物を見つけたことに嬉しくなり、笑いながらその生き物を指を指すのだが、またもや暁美は火災を見つけた。以下同様である。



 2回も続けば話は偶然で済まなくなる。千疾が自慢気に言い広めたってのもあってか、1ヶ月後に地域メディアの取材を受けることとなる。まだ躊破は1歳8ヶ月なのに5時から始まるTV番組のワンコーナーの『身近に潜む闇に挑め!丸橋探検隊!』に出演したのだ。ワンコーナーがどんなに雑でも、1歳8ヶ月の子供がTV出演するのは凄いことである。



「ごめんくださいまし!」


 TVで良くある謎語尾を付けた挨拶をして、丸橋探検隊リーダー兼副リーダーの丸橋さんが躊破の家を訪れた。

 躊破の父、千疾は医者である。千疾のお父さんは産婦人科であるが、千疾は麻酔科である。それなりに資産はあるのだ。そのため、まぁまぁ良い一軒家である。


 TVの撮れ高を気にしているのか丸橋隊長は、龍凰院って名字なんて珍しいですねーなどという謎と関係の無い話をする。探検隊が謎から逃げてどうするのだろうか。


 一通り話終わった後、カメラはやっと躊破の方に向ける。躊破は物珍しい本格的なカメラを見て喜んだ。そして、「躊破」と口にする。まだまだ喃語が多いものの、幾らかの単語を喋れるようになっている。大人の言うことも少々理解できるようになるのだ。


 暁美は語る。


「こんな風に自己紹介が出来る賢い子なんです。だから火災とかも見つけれるんだと思います。火災を見つけた時、躊破は決まってキャキャッって笑って指を指すんです」

「キャキャッ」

「そう、こんな風に」

「「「…え?」」」


 撮影陣及び丸橋隊長は絶句する。今、ジャストタイムで事が起きたのだ。躊破の方を見ると指を指していた。その方向を目で追うと顔が青褪める。なんと煙が出ていたのだ。慣れた手付きで暁美は119番に通報する。その慣れた手付きであることにも言葉を失う。なんだこの家族は…と。


 カメラマンは躊破の目線で事を動画に収めようと1人のカメラマンは躊破とカメラの高さを合わせる。絶句していた中で動けたのはカメラマンとしての矜恃故なのだろうか。

 そこでカメラマンは気付く。躊破は始めから燃えている家に指を指した訳ではなく、に指を指していた事に。


 この番組のカメラマンを務めている彼は、とても生真面目である。この家の取材に来る前に下調べをしている。そのため、暁美が通報した2件の火災は故意的なものであり、同一犯の手口であることは知っていた。そして、火災が起こると、顔を隠して黒い服に身を包んだ怪しい男がいるという目撃情報があるということも。カメラマンは齢2歳弱の躊破に恐れ慄きながらも撮影班に迅速且つ的確な指示を出して、見事犯人を捕まえる事ができたのであった。


 この事件の影響は大きいと判断した編集者は名字を隠し、最初のくだりをバッサリカット。躊破君のお手柄!と報道した。


 編集者の読み通りこれは大きな反響を呼ぶ。ネット上では、タイミングが良すぎてヤラセだとか、皆の顔や声色が焦っていたからヤラセではない、などの憶測が飛び交い炎上した。

 ほぼ注目は番組に集まったが、躊破にも少なからず注目は集まった。


 ある1人が、コイツは家が燃えているのを見て番組を燃やしたといった事からこれらの騒動を纏めて『躊破火災事件』という名前になったという。

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