第14話 電車でお出掛け

 サイファーくんがわたしを壁際に追い詰めてのしかかるように顔を寄せてくる。


 「チーズトーストが食いたい」

 「えっ?いいよ、や・焼いてあげるよ?」

 サイファーくんはさらに顔を寄せ、噛んで聞かせるような口調で言った。

 「蜂蜜を、垂らして、いいよな?」

 わたしは素早く何度もうなずいた。「いいよ!なんでも塗って」

 逃げ道を探してあたりを見回すと、そこは駅のプラットホームだった。

 わたしは自分が電車のドアにもたれていることに気づいた。

 「それじゃ食おうぜ!」

 サイファーくんが勝ち誇ると同時に背後のドアが開いた。

 「ひゃっ!」わたしは背中から電車の床に転がり込んで――



 夢から醒めた。


 とても長くて具体的な悪夢を見ていた気がする……。だけど何も覚えていなかった。

 朝6時。

 メガネをかけてロフトの縁から下を眺めると、布団は隅にたたまれサイファーくんの姿はなかった。

 わたしは五分ほど二度寝したい誘惑と戦い勝利すると、居間に降りた。


 (そうだ、出掛けるんだった)

 八時には出ないと。


 朝運動から帰ってきたサイファーくんと朝ご飯を済ませると、わたしは出掛ける身支度を始めた……まあ男の子と一緒の狭いアパートで着替えは容易ではない。


 外行きの服を持ち込んで浴室に引っ込んだわたしは、手早く化粧まで済ませて準備万端……とはならなかった。


 サイファーくんの準備もしなくては。


 昨日買った衣料品からグレーのパーカーとタンのパンツ、デニムのトップを選んだ。靴下は赤黒のボーダー……ちょっと地味かな?

 彼は帯剣はどうにか断念したが、皮のベルトはどうしても持って行くと言い張った。

 それでコーディネイトにやや手間取ったが、よほどまじまじと見ないと違和感ないレベルになったのでいよいよ出掛けた。


 なんだか大きなクエストに踏み出した気がしてわたしは心臓バクバクだった。

 人通りのまばらな国道脇を、サイファーくんと並んで歩く。わたしはなかなか前を向けなくて、うつむき加減。


 (昨日と何が違うっての?)

 自分に言い聞かせた。ただ一緒に歩いてるだけだ。


 (昨日は仲良しのお姉さんと弟が買い物に出掛けただけ。でも今日は……)

 いや何も変わってないって!


 でも顔を上げるとお天道様が眩しすぎてつれーわ。


 最寄りの駅は小江戸川越の隣なのに無人駅だ。人員削減の煽りではなく何十年も前からずっとらしい。すぐそばが中心街だというのになんというローカル。

 サイファーくんのために切符を買ったが、久しぶりなのでちょっとまごついた。いずれPASMOを用意すべきだろう。


 サイファーくんは小さなプラットホームの端まで歩いて電車を待ちわびていた。

 数分で遮断機が音を立て始めて線路の向こうから電車の姿が見えると、彼はそわそわし出した。

 よほど楽しみなのかな……。

 彼の後ろ姿をチェックしながらわたしは危惧した。鉄道マニアになっちゃったらどうしよう……?

 ……それにしても、スニーカーよりハイカットの茶色いヤツの方が似合ってたかなあ?




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