第13話 ミッション困難度急上昇


 『なんだよ忘れてたの!?』

 タカコはあきれ声で言った。わたしは額に汗した。


 「そーんなことないよ、あはは、なんかまだ二週間後くらい先と思ってた。もう四月なんだよね……」

 『いーなーそれ、連続二ヶ月休日のお身分は』

 「よくないって!社会保障ろくにない会社なんだから」

 『ちゃんと来てよ?ドタキャンとかナシだから、いい?』

 「了解で~す……」曇りかけたメガネをずらしながら言った。

 『それじゃいつもの場所で、九時半、おっけ?』

 「おけ」

 『じゃあね、お休み』

 「はいお休み」


「くっそう」スマホを切ったわたしは思わず毒づいた。隙を突かれて咄嗟に行けない言い訳も思い浮かばなかった。まあ年末のアレも仕事で行けなかったから、断る余地はなかったとはいえ……。


 サイファーくんがとびきり顔をしかめていた。

 「いま、誰と話していたんだ……?」

 「えっ?あっこれ、なんて言ったらいいかな……スマホってね、遠く離れた人と会話できるの」

 「へえ――」彼は感心して目を丸くしていた。「小さなテレビかと思ってた」

 「どっちかというとこっちの仲間かな」 こたつのPCを指して言った。

 「そうなのか。いろいろ調べるのに使ったり、遠くの誰かと話もできるって?」サイファーくんは途方に暮れたように笑った。「まったくたまげることばかりだ」


 「えーと……サイファーくん」

 「なに?」

 「明日なんだけど、わたし一日出掛けることになっちゃった」

 「そう」

 「でもあなたを置きっぱなしにできない……」

 「お構いなく、一日ここでゴロゴロしている」

 「それじゃ暇でしょ」

 「崖っぷちの祠で三日間じっとしていたこともあったよ。あのときはドラゴンセイバーに追われて命がけだったけど、どちらかと言えば暇で死ぬかと思った。ここで一日過ごすのは苦もない」

 「へえ?すごい……じゃなくて――」お姉さんあなたをまた外に連れ出そうか悩んでるのよ!


 どうしよう。どうする?


 まあタカコには悪いけど、昨日からサイファーくんとふたりだけの世界に浸ってて他の人のことすっかり失念していたわ。これから絶対会わない、というわけにはいかない人が何人かいる。


 サイファーくんを紹介するなら、早いほうがいいか……


 「ねえサイファーくん、わたし明日浅草まで行くの。ここから一時間くらいのところ……」

 「歩きで?」

 「え?いえ電車。電車に乗って」

 「電車ってあの……表通りを走っている大きな鉄の怪物のことだっけ?」

 「うん、そう」

 「あれって俺たちも乗れるのか?」

 「は?うん、もちろん」

 「運賃は、さぞ高いのだろうな?」

 「そんなことないよ」わたしはルート検索で道順と料金を示した。「ほらね?食事代くらいでしょ」

 彼は近隣地図を暗記していたし、日本円の計算はできるようになっていた。

 「そうか」彼はホッとしていた。「なら俺も付き合っていいだろうか?」

 「うーんと」わたしは後ろめたさに目をそらしつつ「……仕方ない、一緒に都内出ようか?」

 「ありがとう、楽しみだな」


 またやってしまった……!



 さすがにくたびれきったので、彼が11時に就寝したのがありがたかった。

 わたしは寝床に潜り込み――性懲りもなくまたPCに文字列を打ち込みまくった。

 やべえこれ、そろそろ投稿してもよくない?


 何度か読み返して、個人情報とか特定されそうなところを修正した。あくまで創作、フィクションとして投稿しなくては。


 絶対まずいとわたしの直感が告げていたけど、どう考えてもこの「日記」を本当の出来事だと思い込む読者はいるまい。どーせアクセスは多くて一日20くらい……お友達ユーザーがちょっと読んでくれる程度だろう。いざとなれば削除できるし。


 なかば麻痺した頭で二千字程度の第一章を執筆フォームに貼り付け、投稿ボタンを

 ……押しちゃった。


 サイトにアップされるのは、朝八時だ。


  わたしは妙な満足感に満たされて、寝オチした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る