第12話 凶報、きたる


 「ナツミ!洗濯機の使い方、教えてくれるって言ったよな?」


 わたしは飛び上がった。サイファーくんはいつの間にか浴室に引っ込んでて、短い廊下から顔だけ覘かせていた。

 「あっハイハイいま行くよ!」

 わたしは竜巻のように5メートルあまりを駆け抜けた。その結果、上半身ハダカのサイファーくんと向き合うこととなり申した。


 (ぐはーッ!)


 「どどどどーしてぬぬぬ」

 「これは失礼した」

 彼はバスタオルを肩に羽織った。

 「どうせだからほかの衣類も一緒に洗濯しようと思って……毎日洗わなければならんのだろう?」

 「まっ毎日っていうか、一度履いたらって意味でして……」

 「ああそうか」彼は洗濯機を見下ろした。「一度にたくさん、洗えるんだっけ?」

 漫画だったらわたし、目がうずまきになってるところね。

 とても洗い物を分けるとかなんとかレクチャーしてる余裕はないわ。ていうかなに言ったか覚えてないけど、気がついたら洗濯機がぐゆんぐゆん唸ってた。


 「――っていう訳よ」

 「すごいなあ……勝手に回っている」

 「ピーって鳴るまでなにもしなくてイイからね、お茶にするから着替えて」

 「分かった」


 サイファーくんが戻ってくるまで……というのは彼は洗濯機を眺め続けていたからだが、わたしは頭の中で「キャーッ!」と絶叫しながらPCに文字を打ち込みまくっていた。


 「ナツミ?」

 「ドエッ!?」わたしはハッと顔を上げた。

 「洗濯機が止まった」

 「ア・そう」わたしは創造的酩酊状態から醒めて立ち上がった。ちょっとよろめく。

 「それじゃあ干そう」


 バスルームに吊した物干しに洗濯物を吊した。たいした量ではない。少し不安だったけど、窓の小さなテラスに身を乗り出して物干し竿に引っかけた。

 「これで完了」

 「俺でもできそうだな」彼は少しホッとした感じで言った。

 「うん、まあベツニソコマデシテクンナクテイイケド……」わたしは口の中でもぐもぐ言った。

 「洗濯に、掃除、なんなら料理もする。ナツミの邪魔でなければ」

 「えーとえーと……少し考えさせていまちょっと糖分不足」


 ようやく、彼と一緒にこたつに座った。今日はコーヒーにしよう。

 砂糖とミルクを入れたコーヒーに彼は首をかしげたが、まずいとは言わなかった。その代わり言った。

 「薪拾いも水酌みもしないですむのは初めてだったから、どうも落ち着かないんだ」

 「そっか……」わたしは笑った。「本当に、ゆったりしてていいんだよ。でも、退屈かもしれないよね……」

 「退屈なものか。新しい土地に着いたらしばらく退屈はしない。このカワゴエは特に」

 サイファーくんはしばしコーヒーに目を落とすと、改まった口調で続けた。

 「それで、えー……俺は宿代を払わねばならない」

 わたしは少し緊張した。

 「いいんだよ別に……あの宗教団体みたいな組織がいずれ払ってくれるんじゃないの?わたしにあなたを押しつけてきたのは彼らなんだから」

 「だといいんだが、あいつらは無償の施しを美徳とするところがあって――」


 そのとき、いま一番聴きたくなかった音が響いた。

 スマホの着信音。

 わたしはテーブルでがなり立て振動するそれを凝視した。

 マジか。

 いやいやスマホに手を伸ばして、相手を確認した。それで無視するわけにもいかず、応答した。


 「……はい」


 『あーナツミぃ?元気してた~?』


 高校からの友達、タカコだ。

 「うん……フツー」

 『あした忘れてないよねえ?メール無いから心配したよ?』

 「あした?……あっ」

 わたしは突然思い出した。


 あしたは日曜日。


 即売会だっ……!


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