第10話 ランチ
わたしたちは大きな紙バッグを持ってバイパス沿いを歩いた。
サイファーくんは四車線道路を行き来するおびただしい車列を眺めていた。轟音を響かせるダンプやバスにはとくに注目している。
「ライス?ある地方では主食だった。俺も食べたよ」
「そうなんだ!じつはここでもそうなのよね……試してみる?」
「なんでも食べるよ。だが、マナーはちょっと……」
「なにか心配?」
「手で食べるのが、なかなか慣れなくて」
サイファーくんは手でつまんでくちに運ぶゼスチャーを披露した。
「ああそれ!それなら大丈夫……かな。このあたりでは食器を使って食べるから。まあだいたいね」
つぎにサイファーくんは歩道を歩く小さな女の子と手を繋いでる家族に眼を向けた。
彼はまだ陰謀めいたナニかを疑っていて、警戒モードを解いていない。歩道を行き来するお年寄りや自転車の少年たち、あるいは赤ちゃんを抱いたママを見るたびに、少しずつ納得しているように見えた。
要するに……だれかがサイファーくんに陰謀を仕掛けていたとしても、この舞台は手が込みすぎている、ということだろう。
本当に「異世界」に飛ばされてしまった、と納得しようとしているのだ。
容易ではなかろうと思う。
予定外の散財によってお財布がカラになりかけたため、途中でコンビニATMに立ち寄ってお金をおろした。ふつう土日には決してしないことだ……手数料がもったいないから。
彼はコンビニ店内をブラブラ眺めていた。
冷蔵庫からペットボトルを取りだしてしげしげ眺めていたが、たぶん欲しがっているわけじゃない……いやある意味欲しがっていたのだが、中身ではなくペットボトルに興味津々なのだ。不思議な材質でできた軽くて透明な容器……それを飲み終わったら捨ててしまう、というのが衝撃なのだ。
わたしは決断した! ラーメン屋に決めた。
バイパス沿いのチェーン店はそれなりに混んでいた。ひとつだけ空いていた窓際のボックス席に滑り込んで、彼にメニューを渡した。
サイファーくんは鮮やかなカラープリントにホンモノそっくりの絵(写真)のメニューにしばし目を見張っていたが、そういうのはしょっちゅうなのでそろそろ割愛したい。
「なるほど馴染みのない料理ばかりだ」
「ライスなら……これかな」チャーハンを指さした。
「試してみよう」
「わたしはタンメンにする……」指さして言った。「それから、と。餃子か唐揚げを試してみましょっか」
注文を終えると、わたしはコップふたつを取って冷水を注いだ。
「水は無料?」
「うん」
「ここでは喉が渇く心配はなさそうだな」
10分ほどで料理が届いた。
わたしはレンゲを指さした。「それで食べて」
「分かった」彼はまずスープを試した。軽く頷くと、チャーハンに取りかかった。
わたしは唐揚げを小皿に取り分けた。サイファーくんは割り箸を興味深げに眺めていた。
「お箸は、使いづらいかな?」わたしは箸を持って唐揚げをつまんで見せた。彼も割り箸を1本取って眺めた。
「これ木製なのか。ずいぶんと綺麗な裁断だな。この切れ目は……」
「そっちに眼が行く?」
「まあな」彼は箸をパチッと割ると、わたしの手元を見ながら持ち方をまねた。「なんとか行けそうだ」
しばらくふたりで食事に専念した。わたしは小さなお椀をもらって彼にタンメンを試食してもらった。
「どれも味付けが贅沢だ」彼は備え付けのコショウを振りかけた。塩もコショウもふんだんに使われていることに感銘を受けている。「たいへん美味しい」
よっしゃ!コメと麺はクリアしたわ!わたしは内心ガッツポーズだった。
食べ終えてマッタリしていると、彼が言った。
「ここは、平和なのだな。それに物が溢れかえってる。豊かな世界だ……」
「このへんはね……資本主義経済ですから」
「資本主義、というのは豪商の自己正当化の方便だ」
「え?まあ……そういう言い方もあるか……」じぶんから言い出しといてなんだけれど、彼がそんな言葉を承知していることにまごついた。
「この世界にも貧困はあるのだろうか」
「うん……ある」認めがたいことだけど、どうせ遠からず知られてしまう。
「これほど発展してもか?」
サイファーくんはソファーにもたれて、少し哀しそうに外を見た。転生してわずか1日半だけど、使い捨てのペットボトルと割り箸だけで、彼はこの世界の本質を把握しかけていた。
彼がいた世界とは、どんなところなのだろう?
わたしは漠然と「中世風」ファンタジックなアレを想像してたけれど、それにしてももうちょっと具体的な特色のある世界だったはずだ。
「やっぱりダメだ、こんなところ」
彼がそう判断してしまったら……どうしよう。
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