第8話 難儀な生活
はじめに天と地を創造された。
光あれ。
夕がありまた朝となりて二日め 以下略
勇者様の朝は早い。
わたしがまだぐうぐう寝ているあいだに、サイファーくんはまたしても出掛けた。
おかげでわたしはルーズな起き抜けの姿を披露せずに済んだのだけど……起きてすぐに彼が甲冑と剣その他装備を置きっぱにしていることに気付いたから、きのうほど慌てなかった。
そう、土曜日だ。世間様はだいたい休みよね。
わたしが働いていた事務所は土曜休みはしばしばチャラになり日曜日もときどき無くなってたから、ニート暦二ヶ月めでもなんとなく落ち着かない。
昨夜はあまり眠れなかった。
いつも深夜まで起きててPCに向かってたから、サイファーくんが11時に寝てしまうと、わたしはロフトに退散するしかなくなった……結局わたしのベッドの提供を彼は良しとせず、おこたの脇に敷いた仮の寝床を使ったのだ。
くたびれてたのに眼が冴えて眠れない……。結局毛布を被ったまま、PCに猛烈な勢いで文字列を打ち込んだ。エタりかけてた二次創作をアボートして、昨日起こった出来事をひたすら綴り、一万字くらい書き殴った末、ようやく寝オチしたのは三時近くだったように思う。
七時半に彼は帰還した。スウェットの上下姿のサイファーくんは汗をかいていた。
「おかえり~。運動してたの?」
「ああ。一日3度の食事の生活となると、体力の維持に気を使わないと」
「マ、まあそうね」耳が痛いお言葉にわたしは血反吐を吐きかけたが、でも大丈夫。
サイファーくんは中学生とは思えないくらいしっかり者だ。大人びている。抑制が効いているので新生活に満足しているのかどうかも、いまのところ分からなかった。
言葉の端々から、彼が長い屋外生活に慣れてることが分かる……。
つまり、森かどこかを着の身着のままで放浪して、焚き火の前で寝る生活……食事はありつけたときに不定期で……。
(ホントに冒険者……なのか)
まだちょっと信じ難いんだけど、サイファーくんは彼自身が言った通り「勇者様」なのか?
いやちがった、厳密には彼を勇者様と称したのはあの巻物だった。
それから、彼にはお父さんとお姉さんがいる。
彼は何物かに胸を刺された。
おそらく瀕死の重傷を負って、ここに飛ばされてきた。
いまのところプロフィールはそんなとこ。
彼の食生活は基本質素だったようで、いまも冷蔵庫から取りだしたミネラルウォーターをコップに注いでごくごく飲み干していた。
「うまい」
冷たい水、というだけで有りがたいらしいよ?
都市部では氷なんてすぐ手に入らないからとかなんとか。昨日ピザと一緒に飲んだコーラもいたく気に入ったようだけど、冷たい綺麗な飲料水で充分満足できるらしい。浴室の水を飲まないようにと注意したくらいだ。
「向こうではなにを飲んでたわけ?」
「あれば果実酒。宿ではエールも」
「か・果実酒ってワインのこと?エールってつまり、ビール……?」
サイファーくんは肩を竦めた。
「やや酔いが回るのは困るが、食あたりを避けるには仕方ない。どうしてもというときは水たまりから煮沸して飲むけど、そんな手間はなかなか……」
そんなことを言いながら彼は使ったコップを洗って元に戻していた。きっちりし過ぎてます。水を好きなだけ使える、というのも彼にとっては驚きだったようだ。
朝ご飯はふたたびトースト。それからインスタントのコーンスープ。
彼はパン食の文化圏からいらっしゃったのだ。いずれは白米や麺を試させないと、わたしはこの先ずっとご飯が食べられなくなる。なんだかちょっと焦った。
サイファーくんはご飯を気に入ってくれるだろうか?カレーライスとか、ラーメンも?
朝ご飯を終え、彼はふたたび学究生活に戻った。わたしのPCを使って何やら打ち込んでみたり、立ち上がって本をめくったり。
その姿を眺めながら、わたしはやっぱり思った。学校に行かせてあげないと……。
夜じゅう考えたけれど、やはり彼と引きこもりを続けるのは現実的ではない。
こんな生活が長期戦になるのだとしたら、わたしはいずれ再就職せねばなるまい。因果な話だけど、彼と一緒の生活を維持するためには働いてお給料ゲットしなければならぬ。そしてわたしが働いてるあいだ彼に閉じ籠もっていろ、と言うのは無理筋というものだ……元気な男の子だもん。
学校は無理だとしても、外に出す方策はいくつか浮かんだ。
そのひとつは図書館。身分証の類を持っていない彼のために利用カードを作る方法は無いものの、受付の様子からしてわたしのカードで利用するのは問題なかろう。貸し出しを利用しないかぎりノーチェックだと思う。
探してみると、無料で利用できる公共の場所は色々あった。
そんなわけでサイファーくんを外に連れ出す計画ステップ1
とりあえず着てる物なんとかせにゃ。
また出費だ!
「えーとサイファーくん?ちょっと外に出掛けてみない?」
「いいよ、遠出か?」
「ううん、近所で、お買い物――いやそれは必要ないから!」
サイファーくんが分厚くて重い腰巻きと剣を取り上げたので、わたしは慌てて制止した。
線路沿いの街道を南下して駅前より賑やかなバイパスに出ると、衣料品のお店がある。昨日はよく考えもせず、洗濯もしないで彼に古着を着せてしまったものだから、多少罪悪感もある。
なんでも気に入ったの買ってあげるからね!
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